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意味

人間はとても勝手な生き物で、何に対しても「意味」を見出してしまう。起こる全てを都合よく正当化してしまうのだ。それは私も例外ではなく、自分の人生に起こること全てには意味があると思っている。なぜなら私は愚かな生き物だからだ。

大学最後の年に出会ったその人は、私に何度もこう言った。

「結末を正当化するのはやめろ。自分の望んだゴールに辿り着かなかったときに、これで良かったんだと正当化する奴は一番愚かだ。そういう人間は絶対に成功出来ない。成功する人間は望むゴールをしっかり見据えて、そこから論理的に逆算している。そうすれば自分が取るべき人生の選択が見えてくる。ゴールから逆算しろ。辿り着いた場所が自分の人生だと思うな。そんな大人になるな。」

22歳の私はまだ本当の社会を知らなくて、おまけに誰が見てもその人に心酔していたから、その言葉を真摯に自分の人生に組み込もうとした。それが仕事や課題ならよかった。締切のある仕事や短期間の目標に対して「逆算」はとても役に立つ。なぜならゴールが明確だから。けれどその人は「人生を死から逆算しろ」と言った。死なんて、いつ訪れるか知る由もないのに。だけどその考えに私は共感したし、その言葉に気付かされたことは多い。

そして卒業してもその考えを強く抱いていた私は、次第に思い描いたゴールと離れていく自分に対して「私は人生に失敗しているのかも」と暗く不安な気持ちを抱き始めた。そんな時、「いやいや、でも今は今で・・」と思いそうになれば、脳の中で「今を正当化するな」という言葉が聞こえてきて、その度、自分に言い訳をして今を正当化しようとする自分を弱くてずるい人間だと思った。私を奮い立たせていた勇気の言葉は、いつしか私を追い詰める呪いに変わっていた。私は自分がその人が蔑む「そっち側」の人間になってしまったのだと落ち込んだ。だからその人に何度「飲みに行こう」と言われても、今の自分に自信が持てずに、適当な理由をつけては断った。

今はどうかというと、もはや描いていた「社会人2年目の自分」がどんなものだったかもあまり覚えていない。この2年間、予想していないことばかりが起こった。気持ちも、世界の見え方も、毎日変わる。最低な1日があれば、最高な1日もあって、浮き沈みの激しい自分に苦しむ日々だ。全然満足いかない現状が、どうしようもなく嫌になったり、なんでもない休日の朝がどうしよう…
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自分を知る事

私が人生に望むことは単純だ 幸福だと感じる瞬間をなるべく多く持つこと
わっと新しいアイデアが頭に浮かぶとき 海外の土地で何か分からないけど美味しいものを食べたとき 良く晴れた初夏に海沿いまで朝ごはんを食べに行くこと (ああ食べることばっかりだ) 新しい出会いの中にある期待と緊張感 新しいことが始まる予感に胸がときめくとき 好きな人が新しい世界を見つけたときの目の輝き 無限なようであっという間に終わってしまう若さ 脈絡なくこみ上げる愛しさ ごくたまに訪れる穏やかな気持ち まっさらな希望を抱ける春の朝 満月を見上げて帰る夏の夜 澄んだ気持ちを抱えて眠る大みそかの夜 魂に真っすぐ届く表現に触れたとき 考えるより前に心の琴線が震えるとき 自分が生きている意味をなんとなく感じるとき
望まないことも分かってる
薄い関わりの人間関係の中で過ごすこと 新しい出会いのない日々 脳と身体がばらばらなこと 心の筋肉が衰えていくこと 感じる取る力が弱くなること 自分の言葉をなくしてしまうこと 美しいものに触れられない日々 同じ場所にじっととどまっていること 成長のない関係 考えることをやめてしまった人々との関わり 価値観を更新できない人々との関わり 海を見れないこと 月を見れないこと さほど好きではない人と長時間過ごすこと 1日の中にある天気の変化を味わえないこと 肌や呼吸の感覚が鈍っていこと 自分の人生に自信を失ってしまうこと
望まないことが増えていくと 私は「消えたい」と思ってしまう 死んでいくスピードが速くなっているような 生きるスピードが滞っているような 自分が空っぽになってしまった気がして不安になる
だから望むことを一つでも多く叶える
叶えていかないとあっという間に飲み込まれてしまう

ラジオから流れたバッハのガボットを聴いて、幸福な幼少期と山の朝の澄んだ空気を思い出す。

夜中に押し寄せるのは嗚咽でも怒りでもなく、どうしようもない不安。「消えたい」と呟く意味も相手いないのに、呟いてみる。

誰も私を知らない土地で、心地の良い緊張感とひんやりとしたホテルのシーツに包まれるのが好きだ。

昨日の私は死んでしまった。今日の私としか目を合わせられない。朝になれば、春になれば、そうやってい自分に都合の良いおまじないをかけても仕方ない。願っても願わなくても。今日は当たり前に消えていく。

変わることは強さ

毎日をもっともっと味わうように生きる。
「好き」の輪郭をもっと濃くする。
すきま風みたいに入ってくるノイズを
どうやったらはね返せるか毎日試行錯誤してる

でもやっぱ、「好き」で固めるのが最強だ。
絶対、自信をなくしちゃいけない。

キャリアの年数も、華やかさも、私に備わってないものより、私にある強さをもっと伸ばしていきたい。毎日変われる。毎日1つ変われば、1ヶ月で30こ変われる。

終わった昨日はもう戻らないから考えるのはやめてしまおう。今と、明日。これから。それだけ。




2017年に起こってよかったこと。

「今年を漢字一文字で表したら疲労の「疲」しかない」 昨年末、友人や家族と1年を振り返るような話になったとき、私はそう言った。
いつも狂ったように「前向きでいたい!」と自分を鼓舞して生きている人間の私にとって、こんな発言を自らするのは本来屈辱的なはずだったけれど、私の心情はいたってフラットだった。
だって、疲れたのだから。
それはこの1年の否定でも肯定でもなくて、ただただ、私が抱える事実だった。
2017年の元旦の夜の私には未来への期待しかなかった。 「今年は絶対変わるんだ、毎日をキラキラさせて夢に邁進するんだ」 という炎のような野望を抱いて、それを燃料にしてやみくもに前へ前へと動いた。
元旦の日も、寝正月なんてするもんか、と「今から初詣行こうよ!」と日も暮れたころに地元の親友を呼び出して鶴岡八幡宮で初詣へ行った。人生で初めて書く絵馬には「人生を自分で切り開く」と書いた。それから夜遅くまで鎌倉のカフェで互いの近況と今年の抱負を語り合い、帰路につくころにはすっかり心のエンジンがかかっていた。
家までの道を月を見上げて歩きながら、ふと「今年の一曲を決めよう」とapple musicの曲をシャッフルした。シャッフルをタップして、間髪入れずに力強いピアノのイントロが流れた瞬間を、私は一生忘れないと思う。
その一音目は私の脳天を直撃して、脳と心を震わせた。
思わず立ち止まって目を見開き、息を飲むほどその曲との出会いは衝撃的だった。
「素晴らしく好きな曲に出会ってしまった」と思った。
その夜書いたブログも残っている。
2017年最初に書いたブログ
そもそも、その曲をダウンロードしたのは「スターウォーズ・ローグワン」を見に行った日本橋の映画館に貼ってあったポスターにやっぱり同じような衝撃を受けたからだった。
「何このポスター、好き!」と思って、サントラをダウンロードした。それを初めて聞いたのが元旦の夜だったのだ。
親友との楽しい会話の余韻と、リズミカルな美しい音色、空には月や星が輝いていて、元旦の夜の澄んだ空気からは幸福と希望の匂いしかしなかった。駆け出したいほどの高揚感を抱いて、私は「最高の夜だ、最高の1年にできる」と確信した。お酒も入ってなかったし、恋人とも別れたばかりだったけれど、最高に晴れやかな気分だった。
だから疲れたのだ。
まるで思い通りにはいかない1年だった。 挫折…

playlist for monday

もうすぐ終わる2016年に出来る限りの思い出と想いをすりつけて 「今年もちゃんと生きた」って思いたいんだ。





とけた

私は何者でもないから 葛藤も孤独も情熱も誰かに取られたりしないみたい 明日も明後日もその先も私は誰にも私を渡す必要がないみたい 深く深く潜水していくみたいに泳いでいればいい 明けない夜はあるんだと思う 明けない夜の淵でずっと夢を見ているみたいな日々だから いつだって「かえりたい」と心がつぶやく どこにいても誰といても私が私に「かえりたい」とつぶやく この思いの種は生まれたときからずっと持ってたのかな いつの間にか私の頭に根を張って芽を出して 広がった葉がざわざわと私の心を揺らした
碧い碧い深い夜空に溶けてしまえる日がくるのかな 夢のようなピンク色の空に潜っていけるのはいつだろう
だんだん色んなことがどうでもよくなって 頬を撫でていく夏の夜風とか冬の朝の匂いとか 地球の反対側の街の空とか、会えなくなったあの子の笑顔とか そういうものだけが私の一部になって残っていく