Skip to main content

Posts

mood

Recent posts

夜と朝のあいだ

ついさっき見た月を反対方向から見上げて歩きながら、何をやってるんだろうと自分に呆れて少し面白くなった。12月上旬の夜明け前は、思ったよりずっと暗くて静か。車も人もいないいつもの道を、月を見上げながら歩いた。1日と数時間前まで満月だった月は、まだしっかりと丸かった。煌々とした光を、まるで独り占めするみたいにたっぷりと浴びたら、色んなことが楽しく思えた。

必要もなく始発電車に乗って、タクシーで恋人の部屋へ向かった。夜明け前独特の、静かで澄んだ空気をタクシーの窓越しに感じていると、なんだか早朝に空港へ向かう朝みたいな気がしてやっぱり少し楽しかった。

トートバッグの中にはまだ暖かいお弁当が入っている。お弁当を渡すという口実をほかほかに詰めて、私は恋人の部屋に始発で向かうのだ。

私は、「呼ばれたら何処にでも行きます」「あなたの為なら一歩下がって」みたいなタイプではない。お弁当を渡すのは、どこまでも私のエゴで、わがままで、悔しさで、こどもっぽさが理由。

月曜日の夜は途中まで完璧だった。でも小さな話から糸がほころび始め、気付いたら絡まってほどけなくなっていた。日付を超えても続く電話で、私のネジはゆるみ、抜け落ち、気付いたら深夜のキッチンで生姜焼きを焼き、卵を茹で、ご飯を詰め、始発電車に飛び乗っていた。自分のお弁当は作りそびれた。

吉本ばななの「キッチン」の場面みたいだと思う。主人公のみかげが、好きな人に深夜に「このおいしさを共有したい」とかつ丼を届けるシーン、あれみたいだ。でもこんなの彼に伝わるわけないから、やっぱりこれは私のエゴだ。

恋人は今頃きっと夢の中だ。早く彼の布団の中に、夢の中に、猫のように潜り込みたい。優しい彼はきっと快く迎え入れてくれるだろう。こんな頭のネジが何本かないような彼女でいいのだろうかという疑問は残るけど、それでも好きでいてくれる人に出会えた私は本当に幸運だ。

明日はどんな日になるんだろう。明日を変えていけるのは、私と好きな人だけ。
空にはまだ月が浮かんでいる。昨日はまだ終わってなくて、今日はまだ始まっていない。


to do

死ぬまでにしたいことリストは100個じゃ収まりきらないな。

いつか一緒にニューヨークのエンパイアステートビルからの夜景を見たい。飛行機に一緒に乗って、窓から小さくなる街を眺めたい。日付を超えて旅をしたい。


私が育った街、私が育った街、行ったことのない街、いつも過ごすこの街、色んな場所の光や匂いを一緒に知りたい。

この気持ちを知る前にはもう戻れないな。何が嫌いで、何が好きで、本当に必要なものは何か、自分がどんな人間なのか、前より少し分かってきた。

でもなんだか少し弱くなった気がする。すぐ悲しくなるし、心細くなるし、何でもかんでも口に出しては後悔する。

鼓動の暖かさに額を付けて丸くなるとき、猫になってしまいたいと思う。子どもに戻った気分にもなる。いつのまにか忘れてしまってたことや、私の真ん中にあったものが、ふと戻ってきたような気がする瞬間がある。


お月さまにお願いすることはいつも同じ。

こんな気持ちはなくならなくても毎日の汚いものにかき消されてしまうから、私の言葉で大事にするんだ。

つまらないものに流されずに私のままでいられますうように。

日付を超えなくても新しい風景を見てみたい。

空一面の星空をいつか一緒に見たい。
普通で特別な休日を何度も何度も繰り返したい。




ねむい

寒くて眠くて疲れていると、心なんて簡単にだめになる。やりたくないことが目の前にあって、もうなんにもしたくなくて、ただただ眠りたい夜。真っ白な部屋でひとりきりでタオルケットの冷たいところを探しながら眠る想像をする。その部屋の中でだけ泣きたい。そんな部屋どこにもないのに、小さな頃から繰り返す想像。

現実の私は片方しか聞こえないイヤホンを耳にねじ込んで、aikoを聞いたりして少しだけ救われる。

浅い眠りを繰り返して、よく分からない夢を見て、やり場のない悲しさも夢に溶かしてしまう。

誰も知らない私をずっと持っていたい。


25歳

25歳になった。

目の前の現実と自分の心の距離がだんだん開いていく音は鳴りやまない。
でも目の前の、今いるここが現実だ。ここにしか私はいない。
表現は逃げ場じゃない。
私には表現なんかなくて、情動しか持っていない。
情動がなくなってしまったら、私も人生も滞ってしまう。

今の私は何も綺麗にまとめられない。
ちぐはぐで不安定でいつもバラバラ。
綺麗にまとめようとするほど嘘が増えていくから嫌だ。

真空パックに閉じ込めたい瞬間を宝箱に入れていつまでも愛でていたいけど
それじゃ誰かの表現にお金を払うことが出来ないし
表現だけを見ていても旅行にも行けない

見せたいものを見せてくれる人に嫉妬する
名前より前に生まれた年を見てしまう
渇望する世界を指をくわえて見ている25歳の私を
10年前、15歳の私が見たらどう思うのだろう

感情が止まらない今の私は情動の塊だ
穏やかな人に憧れたけど
大人な女性に憧れたけど
書きたい物や言いたいことがそのまま私なんだとそう思う

25歳なんて何が変わったかな
髪が伸びてお化粧が上手になった
恋人も友人も家族もいる
社会人なんてピンキリだと知った
あの街にはあまり行かなくなった
本は買うけど読みかけのものばかり
お菓子や甘いものは前ほど好きじゃない

生きることを考えるとやっぱり不思議な気持ちになる
見栄や嫉妬は虚しいけれど一生懸命に生きていたら切り離せない

自分の中にある感情やエネルギーを吐き出していきたい
愛したり食べたり書いたり月に祈ったり
何かになりきることは難しいことじゃないけど退屈だ
自分の中のエネルギーを吐き出していかないと死んでしまう
情動に突き動かされて何かをしているときは生きている

25歳の私は全然穏やかじゃなくて
こんなまとまりのない言葉を吐き出している





palette

« I like it, I'm twenty five≫

the song for my twenty five



書いては消して

聞き慣れた歌のフレーズの意味に気付いたり、読み終わった本の台詞をふいに思い出す瞬間が、ひとつふたつと増えていく。花びらをちぎってつぶして作った色水みたいに、透明さを残した優しい色で少しずつ変わっていくのは私と世界のどちらだろう。

まじりっけのない気持ちに触れる度、真っすぐな気持ちに胸を打たれる度、自分と向き合って、これでいいのかなと立ち止まったり、私に何が出来るかを考えたりするけれど、今日をゆっくりと消化していくこと以外に何も答えを見つけられない。
何かに焦がれることは、自分や大事な人をがんじがらめにする鎖じゃない。世界がすっかりペンキで塗り替えられたように色を変えたなら、なんて願いも持っていない。絶対、なんてどこにもない。書いては消してを繰り返した末に残した文章ですら、数日経てば、なんだか嘘っぽく見えたりするものだ。

今はただ下書きのような時間や立ち止まって迷う時間が愛おしい。この時間から振り落とされずに同じ場所へ辿り着けたらと願う気持ちが、手のひらから伝わりますように。