Skip to main content

Posts

Showing posts from 2013

NODA・MAP公演「MIWA」11/7 感想

クリスマスと同じくらい楽しみにしているもの、それが毎年の野田地図公演。
NODA・MAP第18回公演「MIWA」、東京芸術劇場にて11/7に観劇してきました。




今回の席は今まで観に行った野田地図公演の中で、一番舞台に近い席。
おかげでいつも以上に役者さんの表情や動き、舞台演出の細部まで見れた。



(以下、ネタバレ注意。あらすじ解説とかはしてません。)



兎にも角にも、二時間十分ほぼ出ずっぱりの宮沢りえに驚き。

今回の野田地図は、若い世代にも人気のある俳優さんたちが何人も参加していて、目に豊かというか、フレッシュで華やかな雰囲気。しかも、それぞれが兼役しているので、登場人物数はさらに多い。けれど、どんな賑やかなシーンでも、スポットライトは常に「宮沢りえ」そして「美和明宏」に絶えず当たり続けてた。

パンフレットで瑛太が宮沢りえのことを「気がつくとつい目で追ってしまうほど、常に輝いている」って言ってるけれど、そういうことなんだろうなあ。


野田さんが言っているように、この舞台は「美輪明宏の事実」でもなければ、全くすべて空想のファンタジーでもない。愛の物語。そして、MIWAが生き抜いてきた時代の物語。


事実と空想が入り交じる物語だけど、「戦争」「原爆」「記憶」これは事実。
野田さんの作品から切り離せないもの。

野田地図の舞台からは「忘れちゃいけない」「知らなきゃいけない」っていつも訴えかけられる気がする。

無知って残酷だよなあ。知らずしては祈ることすら出来ないのに。
知らなければ忘れないことすら出来ないのに。

私は過去は知って生きたい。
何を忘れちゃいけないのか、知って生きていきたいから。





今回も言葉遊びが満載だったなあ。
新潮に掲載されてた戯曲も読んだけれど、戯曲で読むとすごく短く感じるのは何故だろう。ともかく、あんな風に言葉で遊べるのって素敵だ。いつも以上に言葉が楽しい戯曲だったと思う。


演出も、すごく良かった。
特に、妄想の海での演出、最高。本当に水の中にいるようで。
「ザ・ダイバー」もこんな感じだったのかなあ、と高揚した。


長崎での原爆シーンは、くるぞくるぞと分かっているからすごく怖かった。
エッグの最後のシーンを何度観ても震えてしまうのと同じだ。


映画館の名台詞集、あれは野田さんが考えたものではないのかな。
だって、twitterでよく見る台詞ばかりだもの。
きっと…

sleep well.

木琴の音色を聴きながら、過ごした日曜日でした。

降り始めの雨音って木琴の音みたい。


今週は、雨がよく降るみたいです。

傘をさしながら歩く寒い日は、爪がじんと痛いけど、嫌いじゃない。

はみ出さないように、はみ出さないように、
小さな世界をしっかり握りしめて、歩く。


時々、誰かをその世界に入れてあげる
時々、誰かのその世界に入れてもらう

木琴の音を聴きながら、分け合う世界。

そんなこんなで、もう寝ないと。


明日の自分の為に眠らないと。
明日が今日の延長にならないように。
明日は明日であるように。

おやすみなさい。



ナラタージュ

あのときあげたブックカバーを、今も使ってくれてるかなあと、時々思ったりする。

私にもそんな気持ちがあったという思い出に今も支えられている

先生が先生でいられれば、笑ってくれていればそれでいいなんて、すごく普通のことを本気で思ってしまう


私の好きなもの

好きなもの。

寒い雨の日に、暖かい家で過ごすこと。

クリスマスソング。

深い青。

くすんだピンク。

ニットのセーター。

ひとりの時間。

電車で眠ること。

恋の始まり。

思い出。

歌うこと。



結局、月の話

お久しぶりです。

見てくれるひと、いるのかな。

でも、いつも一曲くれるひとや
たぶん秋から同じキャンパスで勉強してるひとが

読んでくれるような 気がする。


秋になりましたね。

相変わらず、毎日言葉三昧です。

ゼミの先生に小説を見せたら

「本当に言葉が好きなのが、よく分かります。」

と言われて、嬉しかった。

そう。私、お話をつくるのも好きだけど
言葉を選んでるあの瞬間が一番好き。

粒みたいな言葉なら、いいな。

ころころ ぱらぱら 飛び回ってほしい。

言葉遊びっていうのかな。好き。

大事なことは、言葉じゃ伝わらないよって、言うじゃない。

そうかな。そうかも。

でもいい。言葉はプレゼントみたいなものだから。一方通行でも。

ほんとはよくないんだけど、いいって言っておく。



で、やっぱり

月が好き。

とりとめないね。でも、言いたい。

月って文字見るだけでわくわくする。

月の詩ばっか書いてしまう。

小説書いてても月が出てきてしまう。

ずっとついてくる。月だから?

でも月に行ってみたいなんて、思ったこともない。

というか、行きたくない。

月面の写真も、苦手。ぼつぼつしてて、気持ち悪い。

だけど、月が好き。

此処から、この地球から、この目で見る月が好き。

ぼやけた光でいい。たまに赤くて。
たまに薄っぺらくて。たまに見えなくて。

ぜんぶ、好き。

"月の裏を夢みて"るくらいが丁度いい。

moon river

fly to the moon

あと月の曲って何があるかな。

たぶんぜんぶ、好きだなあ。





鎌倉のよる。

先週は六次元。

今週は五次元。

不思議で楽しい夏休み。


今夜は鎌倉で、五次元について話し合いました。

宇宙とか、宇宙人とか、意識とか、存在とか、

いろんな角度から色んな方法で
五次元をノックする、ときめく時間。


聞いたこともない単語が飛び交っているのに
置いて行かれてる気分にはならなくて

なんだかすごい壮大なことを話しているのに
どこからも何かを誇示しようとする空気は感じなくて

すごく、楽しかった。

そして、お喋り下手(無口ではない)な私の言葉を
ちゃんと聞いてくれる(読んでくれる)優しい人たちに

また出逢えたことがとてもとても、嬉しい。


優しい空気を感じました。



私、高尚な何かになるよりも
優しい地球人でありたいな。




夏に貪欲

創作は、ひとりでするけれど

ひとりになりたいから創作するわけじゃなくて

誰かと何処かで繋がりたいから、する。


だから見栄を張るのはやめました。

秘密主義もやめました。

“ライター志望です。”
“なんでも書きます。”
“書かせてください。”
“書いたもの、読んで感想聞かせてください。”

これを言えるようになりました。

貪欲になるって大事だなあと気付いたんです。

もちろん、さじ加減は大事だけれど。

なんせ“はたち”は私を守ってくれる盾であり剣なのです。

「ガツガツしてるなあ、こいつ。」って思われるのは

ちょっと恥ずかしいけど、

でもそんな見栄より大事にしなきゃいけないもの沢山あるから。

がんばるぞーー。










荻窪のよる。

最近よく東京へ行く。


なぜだろう、

七尾旅人じゃないけれど、
飛行機に乗って遠くに行くときより、
電車に揺られて都心へ行くときの方が

“湘南が遠くなっていくな”と感じる。


昨日は初めて荻窪に降りた。

6次元、名前通り不思議で素敵な空間。


ずっとお会いしたかったライターさんに似顔絵描いてもらった。

久しぶりに緊張しいな自分が出てしまったけれど

いろんなお話が出来てよかった。


華やかで、かっこよかったな。


突き進むエネルギーを感じた。

あんなお姉さんに私は憧れます。





そしてそして

描いて頂いた似顔絵がこちら。




こんな可愛く描いてもらって嬉しい!



似顔絵を描いてもらったの、人生ではじめて。


自分がコンプレックスだと感じている部分を
特徴として捉えられて強調して描かれてしまいそうで
似顔絵って避けてきたんだけれど

この絵を見てほんとに嬉しくなった。


蘭さんはきっと顔の特徴より、
その人の雰囲気、表情とかをよく見ているんろうなあ。


大事にします。


そして 昨日は6次元の方に自分の書いた文章見てもらったりもした。

リュックにプリント入れっぱなしでよかった〜

自分のずぼらさに感謝。

色々お話聞いて“自分で発信していかなきゃ”って思った。

とにかく活字表現が好きで、それでお仕事がしたい。

夢に指先でも触れるには殻とか被ってる意味なんかないもの。



 そろそろ本気で私も踏み出さなくちゃ。

 同世代で活躍するひとたちを見て焦る気持ちを、エネルギーに変換しなきゃ。

 現実がなければ夢も覚めてしまう。

 種をまかないと芽は出ない。



 創作の夏、です。


何かが始まりますように、じゃなくて 始まらせたい。


スイッチを押してくれた人や空間やタイミングに感謝。

たのしいよるでした。

声のはなし.

私にとってそれは唯一世界と繋がる手段で、

バランスをとる方法で、

これがなくちゃ、

どうやって世界を愛してることを伝えたらいいのか分からない。



だから私もそういう誰かの声には

ちゃんと体全部澄ませていたいと思う。


歌だったり、絵だったり、踊りだったり、建物だったり、

色んな声をキャッチできる人になりたい。







自分の眼を通して見える世界を、もっと好きになってあげたい。


悪目立ちする部分だけを取り上げて、嫌いだなんて言いたくない。


私の眼が変われば私の世界は変わるし、

誰かの眼を通した世界を見て、私の世界まで変わるときもある。

与える人って、眼を貸してくれる人だ。



love kizzy.

kizzyなものがすき。

ぬいぐるみ。水色。ピンク。レモンイエロー。


リュック。




Tシャツ。


スニーカー。


帽子。







セーラーの襟。
日焼けした手足。
キャラクターのボトルのシャンプー。
コーンにのったアイスクリーム。



カラフルで実用性のない色んなもの。

love all kizzy things :)








いい夜の定義

いい夜とは

言葉を紡ぎたくなる夜である。

そして言葉とは粒である。
瑞々しい粒。
雨粒のようにぱらぱら降って アスファルトを湿らすように 不思議な匂いをさせながら 広がる。

言葉は粒。 とりとめのない粒。
一粒つまんで君にぶつけたい。
どんな顔をするんだろうか。




人との距離のはかりかた

気温の変化より、ちょっとした変化が、段差になる。

でももうすこし、頑張ろう。









梅雨明け.

昨日、授業で自分の作品を合評してもらいました。

映画祭中に書いた初めての詩を。

昨日がくるまでに何度も読み返しては
「なんでこんなこっぱずかしい詩を書いてしまったんだろう」と
転げ回りたいほどに羞恥心に苦しんでいましたが

詩とはそういうものだろうと開き直って授業に臨みました。

そしたら、「この詩が好きだ」と言ってくれる人が何人もいて。
先生には「ビギナーズラックだね」という言葉を頂き。(私には十分褒め言葉)

何より嬉しかったのは「詩を書きたくなった」という言葉でした。

ああ やっぱり書くことが好きだなあと、痛感。

小説を書きたくてこの学科へ来たけれど、
あのとき初めて詩を書いたときに「こっちの方が合ってるかも。」と思ったのは
間違ってなかったのかもしれません。

昨日プレゼミの先生が「小説はスポーツだ」と言っていたように
小説にはプロットや地道な描写や何より量が必要で。

私の一番の苦手なものは「コツコツ」なんです。そういうことです。
でもいつか、必ず。

今はちゃんとそういう忍耐力を練習で養います。


そして俳句や詩を書いてるときのひらめきや
言葉をふるいにかけて選び取っていく作業は

とてもとても、楽しいのです。


ずっとそればっかりやっていたくなるくらい、楽しいんです。


つまり、そういうことなんだと思います。





詩じゃない。詩が何かもわからないけど。

綺麗なことばっかり言おうとすると 何も言えなくなってしまうと気付いた。

綺麗なことばかり言うひとを つまらないなどとは思わない。

毒気のあることばかり言うひとを お洒落だとも思わない。
素直なひとを 羨ましいと思う。

私は、私が思うより もっと言いたいことが沢山ある。
だけど 綺麗なことばかり言おうとするから 何も言えなくなってしまう。
言いたいことが 全部綺麗なものなわけなくて 全部綺麗じゃないものなわけもなくて
引き出しをひとつずつ開けていけば ぐちゃぐちゃの棚もあるのに
見栄っ張りだから 片付けてから見せたくなってしまう。
たとえば
理屈っぽいわたしと 見栄っ張りなわたしが
素直なわたしと
喧嘩しあって
“寂しがり屋なわたし”なんて言葉 使うことすら許してくれない。

“さみしがりや”なんて こんなにださくて格好悪い言葉はないと 思っているから。


そうして 言い換える言葉も見つけられなくて 黙ってしまう。

沈黙で何かを語れるほどの人間ではないのに。

いまだってこの続きに 何か綺麗なまとめをつけたくなってる。

でもそれは 私が思ってる言葉じゃない。

だから黙る。
もう黙る。

見つからないなら黙った方がいい。












一瞬だけ

突然すべてがいとおしくなる瞬間がある
曇り空、止まる電車、手首からいつもの香水の香り。

すぐ消えてしまう奇跡だからこうして書き留めておく

ここに何度も戻ってこれるように
まだかえりたくないよと
少女が駄々をこねる頃

薄い牛乳の膜を
何層にも重ねた海に
桃色のヴェールがかかる

やがて 真ん中に確かな黄金色

崩れた黄身のふちから
溶けだす鮮やかな熱

そうして

 橙色の世界

カレーの匂いをのせて
日焼けした世界を冷やす風

ああ かえりたいなと
ビルの窓の外を眺めれば

海の向こうから
薄紫のまどろみ

すべての色は食べられる

光の輪がぽっかり浮かんで

ぽつりぽつり
光の粒が
 辿り着く頃

かえりたくないよと
少女が駄々をこねる

海水に飲み込まれた日 産声をあげたんだよ

一年前の私と比べたら、今の私は大躍進。

学校、
ちゃんと(それなりに)行ってる。

ごはん、
誰かと美味しく食べられる。

同い年の子、
“こわい!”って思うまえに
“まず好きになろう”って思えるようになった。

言葉、
恥ずかしい文章を振り切って書けるようになった。
(読み返してちょくちょく羞恥心に悶絶するけど)




悩み苦しむことに慣れていなかったので(たいてい逃げるから)
あのときは早く元に戻りたくて
必死に前に向かってほふく前進してるつもりだったけど
実は全力で後ろに向かってでんぐり返りしてたんだと思う。


でもね、でんぐり返ししてたら
“なりたい自分”と“いまの自分”の溝、少しだけ埋まった。








じめじめ、反対。ぺとぺと、反対。

植物だったらハッピーだろうに。湿気たっぷりの月曜日に憂うつを感じる私はどこまでも人間です。湿気は人格変えるよ。ほんとだよ。今日のお天気、だめ。よそ行きの自分になれない。
顔にも声に力が入らない。からっとした暑さとか
ぱらぱら降る雨は好き。もわっとした生ぬるさとか
肌がぺとぺとするのとかが、いや。雨の日はおうちで毛布にくるまって映画見たり本読んだりしてたい。梅雨の間だけ引きこもっちゃだめですか。5月病じゃないよ、湿気病。
毎日五月晴れだったらいいのに。

5月の唄

今読んでる本。 色んな本や冊子と並行してゆっくり読んでる。




谷川俊太郎さんの書く文章が好き。
“葬式には未来というものがないから何も心配する必要がない。”「葬式考」
とか
“未来に何を期待しますかと問われれば、 元気に死にたいと答えることにしている。”「からだに従う」
みたいな

陽気な生死観が面白い。




それから、谷川さんの書く“朝”についての詩が好き。




“昼には青空が嘘をつく
夜が本当のことを呟く間私たちは眠っている
朝になるとみんな夢をみたという”
「ソネット45」


こんな詩が書けたらいいなと思う。 分かりやすくて、小難しくなくて、 でも誰でも書けるわけはない。
経験と想像力。 大事大事。





嬉しいとか楽しいとか

単純だけど絶対的な気持ち。
それが熱をもってるあいだは どんな冷や水をかけられても大丈夫。

それでもやっぱり
褒められたい気持ちというのは
どうしたって隠しきれない

問うな教わるな、と言われても
あれもこれも聞きたくなってしまう

でも“正しい”は本当に人それぞれ

だから
せめて自分の中では“正しかった”と思いたい。


自分で選んだ瞬間が 後悔しない今に繋がったら 褒められても褒められなくても、 十分意味のあること。



今は帰り道に幸せな気持ちでいられればいいんだ。





掻く

「書く」が「掻く」に変わる瞬間がある。

レポートでも創作でも、ぐっと深く入り込む瞬間は
少しだけ体温が上がって、周りの音が遠くなる。

あふれ出す言葉がこぼれてなくなってしまう前にがむしゃらに
手で水を「掻く」ように、深く積もった雪を「掻いて」何かを探すように、書く。掻く。

それは衝動に駆られるようにして世界を掻く、瞬間。


海の映画館。

疲れてぐっすり眠って お腹を空かせてぱちりと目を覚ます。

こんなシンプルなことが根っこから人を支えている。
これが崩れると、少しずつおちていく。そう思う。


さて、昨日から始まった逗子海岸映画祭でボランティアをやっています。

海では人と人がどこまでも繋がっていて
「やあ」「どうも」「やっほー」がそこらじゅうに溢れてる。

この街で繋がる人が私にはあんまり居ないから、それがすごくまぶしい。
うちの家族みんな、いつも忙しくて外へ外へと出て行って、この街というよりこの家に住んでいるだけのような生活だから、それがなんだか寂しくて。
でも私がこの街と少しでも繋がれば、家族もきっと繋がってくれる、かな。

私もいつもひとりでふらふらしちゃうけど、
人と出会うことをさぼり過ぎると人生が退屈になってしまうと思ったよ。

自分の日常はしっかり演出してあげよう、と小さく決意しました。



よし、今日も海に行ってきます。





となり街。鎌倉。

鎌倉には川喜多記念映画館という名画座があります。
私は鎌倉のとなり町の逗子に住んでいて、さらにはで高校生の頃から鎌倉でアルバイトをしていたくせに、鎌倉にそんな素敵な場所があることを知らなくて。

今回そこで素敵な企画展をやっているということを知って、初めて訪れてみました。
川喜多映画記念映画館は、日本の映画文化に貢献した川喜多夫妻の旧宅の土地に建てられているんです。




とっても素敵なお庭と和風の建物。ここで映画が上映されたり、ワークショップが開かれたりしています。映画にまつわる資料も沢山。




今は「映画に見るフランス 憧れのパリ」という企画展をやっています。


日本公開当時の名作フランス映画のポスターの数々が展示されていたり、
台本や招待状なんかの貴重な資料も展示されていました。
もう、可愛くってお洒落で華やかで、見てるだけでうきうきしちゃいました。

ポスターの色づかいもすっごく可愛い。


名女優、俳優のパネルも展示されていて、うっとりします。
特にフランスの女優さんの美女ぐあいには、本当に溜息が出てしまって。
BBことブリジッド・バルドーはまさに“小悪魔”的な可愛さと美しさ。


ちなみに私は「ラ・ブーム」のときのソフィー・マルソーが大好きです。
天使の笑顔ってこういうことだなあって。


パリにまつわる新旧の名作の数々も上映されているので、是非足を運んで見て下さい。 資料展示だけでも楽しめます。(しかも入場料二百円)
名画座のあとは、ぷらぷらお散歩してこんな可愛いお店に出逢いました。



すごい種類の手作りジャムの甘い香りでいっぱいのお店でした。
ここで売っていたトマトジュースが本当に甘くて美味しくて。
毎日飲みたい。通いたい。




クッキーもバターの味がちゃんとする、手作りの味でした。



いつも混んでる小町通りや八幡宮もいいけれど、裏駅の方も楽しめるんです。
私のおすすめは駅出てすぐにある「たらば書房」。

一見普通の小さな本屋さんなんだけど、置いてある本が秀逸。
特に思想や芸術のコーナーのハードカバーの本はどれも本当に魅力的なものばかり。
表情のある本屋さんです、本を愛する人には是非足を運んで欲しい。

十年先も、あの本屋さんがありますように。
ああいう本屋さんが求められる世の中でありますように。


鎌倉散歩の休日でした。


二年半働いたアルバイト先を退職しました。

鎌倉という観光地は色んな国の人に出逢えて楽しかったな。

あとは色んな大人に出逢えた。

「こういう大人にはなりたくない。」って人にも沢山。

そして自分の無力さや弱さ怠惰さも知った。

社会勉強ってひとくくりにしちゃうのをためらう程に
私にとって二年半のアルバイトは濃い時間でした。

喧嘩もしたしどろどろの恋愛騒動もあった。
もう口ききたくない人も正直いるけど、それも思い出。


さあ、今日から何をしようかな。

これからの毎日が楽しみで仕方ない。



逃げるように眠る

逃げるように眠って

朝ごはんの香りも 誰かが私を呼ぶ声も
すっかり夢に溶けてしまって

空っぽの胃には、夢の後味だけ。


その感覚がとても寂しくて哀しい。


















kotoba.

本にうもれて死ぬのは嫌だけど

あんまりにも素敵な言葉に息が止まってしまったら

それはそんなに、悪くはないかも。


でも 息が止まる前にもっと素敵な言葉を
見つけたり、紡いだり、それから包んだり飛ばしたりしたいから

やっぱりそれは、良くないな。

それに

私が知っている言葉よりもっともっと素敵な言葉がこの世界には沢山あるわけで。
他の国の言葉のことなんて、全然知らないわけで。

「あいしてる」より愛しちゃってる表現があるかもしれない
「おいしい」よりほっぺが落ちちゃう表現があるかもしれない
(ほっぺが落ちちゃうっていいことば)

もしかしたら

名前を知らない色もあるかもしれない
名前を知らない感情もあるかもしれない


日本語では名前を与えられていないけれど
他の言語では名前を与えられているものが沢山あるかもしれない


名前を与えられていないから
私たちはそれらを認識できていないだけかもしれない

ということは

私たちの世界にはあるのにないものが沢山あるってことかな
あるのに、ないもの。
あるのに、見えないもの。


名前がついて人間になるわけじゃないけれど、
名前がつかなかったらそれは、誰

あなた わたし きみ かれ かのじょ

それも名前

ひと

それも名前

名前がなくても確かにそこに存在しているのに
名前がないから私たちの世界に存在しないものもある。

良いとか、悪いとかじゃなくて、

私たちは、言葉に少なからず支配されている

わたしは言葉が好きだから
自分の世界を少しでも今より豊かにするために、
もっと沢山言葉を知りたい

きっとそれが言葉じゃない人もいる
音楽とか 絵とか お洋服とか いろいろ。

でも私は言葉の世界、好きだから
支配されるのも悪くないって思う

名前がないなら、つける。


とびっきりの、息が止まるほどの素敵な名前を、言葉を、

知り尽くすまで、息は止められない。







singing in the rain.

「singing in the rain」を聴きながら雨の中傘さしてるんるん歩いていたら
暴風で傘ぶっ壊れました。私「ぶっ壊れる」とかそういう言葉使わないんだけど、
もうあれは「壊れた」じゃ収まらない壊れ方だった。「ぶっ壊れた」だった。
どうせならもう「ぶっっっっ 壊れた」くらいでもいいかもね。

現実はミュージカルのようにはいきません。

「雨に唄えば」観たことない人の為に参考動画、ぽん。

Gene Kellyの鼻歌が好き。

雨の日に聴きたい歌と言えば、norah jones.

ノラの歌って、あの声とメロディーでお洒落にきこえるけど、
結構歌ってる内容はどろどろしてたりする。

<


そして雨の日は、おうちで映画を観たい。
お菓子と飲み物をセットして、好きなものを好きなだけ。




今夜は「LITTLE MISS SUNSHINE」観ました。



みんながバスに駆け乗るシーンが最高。
この映画、好きです。とても。

「The Descendants(ファミリー・ツリー)」を観たときも
同じような切なさを感じたなあ。



こういう押しつけがましくない家族ものに弱いんです。
家族はどうしたって家族で、しょっちゅう恥ずかしくて、たまに誇りで。

このふたつの映画に共通するのは「お父さんが格好悪い。」ところかな。
しかもギャグ的なかっこ悪さじゃなくて、本当に痛いかっこ悪さ。

でもそれがすごく良いんだ。


とりあえずこのふたつは、おすすめです。
暗すぎず、明るすぎず、濃過ぎず、薄過ぎず。

劇中の家族みたいに不安定に見えて絶妙なバランスで成り立ってます。





yellow.

春になると、黄色が着たくなる。
気付いたら、黄色。黄色。黄色。









I think girls can become lovely just by making up lip and cheek.









このブログを見てくれてる人の数はそんなに多くは、ないです。 でも最近、日本だけでなくドイツやアメリカや韓国、色んな国の方がブログを見に来てくれてるようです。とっても嬉しい :D
私も海外のブロガーさんのブログ、いくつもブックマークしてチェックしてます。 NY.LONDON.PARISの三大お洒落都市は、やっぱりブロガーさんもお洒落な子が多い。 TOKYOも負けてないと思うけど、ちょっと個性が足りないのかな。 HARAJUKUあたりどうですかね。日本のkawaiiは通用すると思う。 それにしてもこのブログ、劇評とか書きたくて作ったんだけど結果的にごちゃまぜ。でもそれでいいんだと思う。好きなものは全部好きなんだもん。

今日食べたチロリアン。美味しかった−。昨日のラズベリーソーダは綺麗な色してた。




では、おやすみなさい。 good night. Gute Nacht.
Bonne nuit.
Buenas noches.
晩安.


I wake up with history Of Arts

THIS WEEK HAUL.

i like royal blue, lemon yellow, and raspberry pink.
neme is important.


お財布を5年ぶりに変えました。
レターを開くとポール・スミスさんからのメッセージっていうのが素敵。
最近ロイヤルブルーが好きみたい。よく目に止まる。


and pretty jewelries.





ピアスじゃないの、イヤリング。
なくさないようにしないと。

今週買ったものでした。

お買い物してるとよく
「そのリュック可愛いですね。」って言われる。

これ。くまさんリュック。下北で買った。





黄色いワンピースが欲しいよ。



hear the spring.

girls just wanna have fun.

its my favorite flavor of baskin robbins :)
we can enjoy this flavor only spring.




tonight, i had dinner wiz my friend sayaka. she take me to the pretty cafe in Machida.


we're not sisters. but look like it :o



野村萬斎「マクベス」

3/4. 世田谷パブリックシアターにて
野村萬斎演出.出演 「マクベス」観劇



マクベス夫妻、そして三人の魔女の5人のみで展開されるこの「マクベス」。
能狂言の手法を用いた演出で、野村萬斎が自身初の世界ツアーに向けて創った舞台だ。


萬斎版『マクベス』の中で魔女たちがマクベスに運命という呪いをかけたように、私たちも繰り返される同じ言葉によって呪いをかけられているようだった。「綺麗は汚い、汚いは綺麗。」それは呪いというより毒かもしれない。遅効性の毒はじわじわと効いていき、観客の心に影を落とす。

速効性の毒は、魔女たちの奇妙な踊りだ。
リズミカルで滑稽な踊りと、鬼気迫るほど荒く激しい踊り。
「もう逃げられないぞ」と言わんばかりの迫力だった。

どんな美しい場面にも毒が寄り添っていて、色鮮やかな和の衣装も美しく毒々しい。
特にラストシーンは、日本の自然美への畏怖の念を感じるほどに美しく残酷だった。

言葉と身体
西洋と東洋
能狂言と演劇

異質なものを共存させて魅せる。
それがこの野村萬斎版「マクベス」の魅力だと思う。

今日から始まる韓国公演、そしてニューヨーク公演、
海外の観客はどのような反応をするのだろうか。
野村萬斎という人物を知らない観客も沢山いるだろう。

けれど「マクベス」という普遍的なテーマを語った古典を骨組みに、
そこに日本の美や野村萬斎の解釈を肉付けしていくことで
どんなに隠れても作品の中に「野村萬斎」の心は現れてしまう。

観客はそれを感じて考えればいいのである。
「野村萬斎」に関する文字面の情報は、あってもなくてどちらでもいいのだ、と私は思う。


正直私もこの舞台を観るまで野村萬斎についてほとんど知らなかった。
狂言というのは由緒正しい家系のもとに受け継がれる伝統で、その中にいる人たにより固く守られているものだと認識していた。

けれど、野村萬斎は狂言を新しい形で表現し、さらに世界へ発信していこうとしている。

いつだって舞台には、予想も印象も超えていくような凄い人物が立っているのだ。




ダイエット。

今宵のノスタルジートリップは終了です。
さて、一昨日ある手術をしました。 二三日動いちゃいけなかったので、おうちで食っちゃ寝してたら 三キロ太りました。人生で今が一番太っています。やばいです。 足とか、なんか象のようで・・
ダイエット頑張ります。可愛い春服着たいので!
手術は部分的なものだったんですが、 一ヶ月は激しい運動できないので、食事制限しかない。
あ、整形じゃないからね!:( ぱっちり二重にはしたいけど・・え


とりあえず!!ダイエット!! とは言っても前科沢山あるので(笑)無理はしません。 あと毎日コーディネート載せてこうかな。 ダイエット終わったら、じゃなくて ダイエット中もちゃんと可愛い格好する。
夢はでっかく目指せ萌乃ちゃんスタイル。 参考画像。


nostalgie trip キリンのおめめ編。

強く残っているシーンがある。 それがアメリカ、サンディエゴで出逢ったキリン。
世界でも有名な動物園、サンディエゴズーで参加したサファリツアー。 そのときのこと、正直あんまり覚えてないんだけど、キリンのことだけは覚えてる。

あんなに近くでキリンを見たのは、あれが初めてだった。


えさをあげられたんだけど、伸びてくる舌が長くて怖かった。

でも、



キリンの目がとっても綺麗だったの。


優しい目だなあって思った。

そんな記憶のお話でした。