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飛び込む覚悟と断ち切る勇気。




昨日からウィンターセッションで「編集と出版」というクラスを受けています。

90分×3コマを五日間。

素晴らしい先生に出逢えた。
とても有意義な時間を過ごしてる。
やっぱり世界はリンクしている。全てに意味がある。


今まさに必要としてることを学べてる。
出版のノウハウや理論だけじゃなくて、もっともっと深いところ。

最近少しずつ、わかり始めたことがある。

それは“私が追求しなければいけないもの”のこと。


演劇にも文学にも、全ての芸術に通じること。


衝動。本能。欲求。
そこから始まる全ての芸術。

なぜそのなかで活字を選ぶのか。
演劇と活字はどう繋がっていくのか。

活字は、演劇は、
これからどんな未来を担うのか。
どんな未来をつくっていくのか。

ごまんと溢れる“書く表現者”のなかで、自分にしか出来ないことは何か。


あの先生だけじゃない。
“考える”大人たちは私たちに未来を映してくれる。


今まで出逢ってきた沢山の大人たちが
私の本能の情動を喚起してくれた。


だから私は自分の行きたい道に決心がついた。

そして自分にとって“考える”という行為が
どれだけ可能性と幸福と意味に満ちたものかを知った。


それを追求して形にして伝える為なら、どんな取捨選択も覚悟を決めなければいけない。

それを核にして生きていく覚悟、
要らないものを捨てる勇気、


それが今の私に必要なこと。











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意味

人間はとても勝手な生き物で、何に対しても「意味」を見出してしまう。起こる全てを都合よく正当化してしまうのだ。それは私も例外ではなく、自分の人生に起こること全てには意味があると思っている。なぜなら私は愚かな生き物だからだ。

大学最後の年に出会ったその人は、私に何度もこう言った。

「結末を正当化するのはやめろ。自分の望んだゴールに辿り着かなかったときに、これで良かったんだと正当化する奴は一番愚かだ。そういう人間は絶対に成功出来ない。成功する人間は望むゴールをしっかり見据えて、そこから論理的に逆算している。そうすれば自分が取るべき人生の選択が見えてくる。ゴールから逆算しろ。辿り着いた場所が自分の人生だと思うな。そんな大人になるな。」

22歳の私はまだ本当の社会を知らなくて、おまけに誰が見てもその人に心酔していたから、その言葉を真摯に自分の人生に組み込もうとした。それが仕事や課題ならよかった。締切のある仕事や短期間の目標に対して「逆算」はとても役に立つ。なぜならゴールが明確だから。けれどその人は「人生を死から逆算しろ」と言った。死なんて、いつ訪れるか知る由もないのに。だけどその考えに私は共感したし、その言葉に気付かされたことは多い。

そして卒業してもその考えを強く抱いていた私は、次第に思い描いたゴールと離れていく自分に対して「私は人生に失敗しているのかも」と暗く不安な気持ちを抱き始めた。そんな時、「いやいや、でも今は今で・・」と思いそうになれば、脳の中で「今を正当化するな」という言葉が聞こえてきて、その度、自分に言い訳をして今を正当化しようとする自分を弱くてずるい人間だと思った。私を奮い立たせていた勇気の言葉は、いつしか私を追い詰める呪いに変わっていた。私は自分がその人が蔑む「そっち側」の人間になってしまったのだと落ち込んだ。だからその人に何度「飲みに行こう」と言われても、今の自分に自信が持てずに、適当な理由をつけては断った。

今はどうかというと、もはや描いていた「社会人2年目の自分」がどんなものだったかもあまり覚えていない。この2年間、予想していないことばかりが起こった。気持ちも、世界の見え方も、毎日変わる。最低な1日があれば、最高な1日もあって、浮き沈みの激しい自分に苦しむ日々だ。全然満足いかない現状が、どうしようもなく嫌になったり、なんでもない休日の朝がどうしよう…