Skip to main content

詩じゃない。詩が何かもわからないけど。





   綺麗なことばっかり言おうとすると
何も言えなくなってしまうと気付いた。


綺麗なことばかり言うひとを
つまらないなどとは思わない。


毒気のあることばかり言うひとを
お洒落だとも思わない。

素直なひとを
羨ましいと思う。


私は、私が思うより
もっと言いたいことが沢山ある。

だけど
綺麗なことばかり言おうとするから
何も言えなくなってしまう。

言いたいことが
全部綺麗なものなわけなくて
全部綺麗じゃないものなわけもなくて

引き出しをひとつずつ開けていけば
ぐちゃぐちゃの棚もあるのに

見栄っ張りだから
片付けてから見せたくなってしまう。

たとえば

理屈っぽいわたしと
見栄っ張りなわたしが

素直なわたしと

喧嘩しあって

“寂しがり屋なわたし”なんて言葉
使うことすら許してくれない。


“さみしがりや”なんて
こんなにださくて格好悪い言葉はないと
思っているから。



そうして
言い換える言葉も見つけられなくて
黙ってしまう。


沈黙で何かを語れるほどの人間ではないのに。


いまだってこの続きに
何か綺麗なまとめをつけたくなってる。


でもそれは
私が思ってる言葉じゃない。


だから黙る。

もう黙る。


見つからないなら黙った方がいい。













Comments

Popular posts from this blog

野暮

つらつら書いた長文をそっと消した。変に綺麗な言葉でドラマティックにまとめるのは、今の私には野暮なことに思えてしまう。iphoneのメモ帳に並ぶ言葉はまるで小説の一ページみたいで、私の言葉じゃない気がして「なんか違う」と急に嫌になった。

ずっと聴いてた歌の意味は、分かったふりをして分かってなかったんだなって思う
聞き飽きるほど毎日聴いてたのに、一フレーズ目から違う風に聞こえた。
あの頃私がこの歌に心打たれたのは、こんな歌を歌う人が世界にいるなら、もう少しだけ未来を信じてみようと思ったから。出口のない日々の中で、いっそのこと、と思ったときも、この歌を聴くと、こんな風にいつか私も誰かを思う事が出来るのかもしれないから、もう少しだけ生きて大人になろうと思った。
そういうことを、最近よく思い出すのはなんでだろう。