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Showing posts from 2015

年末スペシャル

「よいお年を」「来年もよろしく」
そんな言葉が街を飛び交う、年末の空気が好きです。


大晦日に聴く歌。





今年を振り返ると、出会いも別れも変化もあって
留学をしていた去年より、大学で過ごした今年の方が充実していたんじゃないかと思う。


新しい自分にも沢山出会えた。
書きたいことがいっぱいある。

明日は来年で、今日は明日には去年になるけれど、明日は今日の延長で、一本の線のように繋がっている。


また明日、来年、優しく過ごせますように。




イブに1年を振り返る

365日が指の隙間からこぼれて、さらさらと砂時計みたいに落ちてく
なんだか すごく感情的な1年だった

1月は恋人の帰りを待ってて、2月は恋人と喧嘩ばかりしてた。時差のすれ違いじゃなくて もう心がすれ違ってばかりだった
3月は恋人が帰ってきた。就活を始めた。髪の毛を黒くした。
4月に学校に戻った。新しい友達が沢山出来た。“ゆかさん”になった。
5月、スーツばかり着てた。恋人とは喧嘩ばかり。5キロ太った。
6月はもう身体と心がバラバラで、恋人にさようならした
7月に内定をもらった。やっぱり夏は苦手だと思った。
8月、あんまり覚えてない。 9月、韓国へ行った。青春みたいな時間だった。学校が始まった 10月、追われるようにずっと動いてた 11月はスピコンと卒論漬け。幸せ過ぎる誕生日をもらった。 12月、スピコンも卒論も終わって、色んな整理がついて、なんだかほっとした。おばあちゃんとさようならした

365日が指の隙間からこぼれて、さらさらと砂時計みたいに落ちてく。






あったかいご飯

あったかいご飯はそっくりそのまま、食べた人のエネルギーになる。
私に出来ることは、あったかくて美味しいご飯を作ってあげること。
どんなに疲れて気が滅入っていても、 ちゃんとご飯を作って、お皿を並べて、みんなで食べれば、
体もあたたかくなって なんか元気も出て ちょっと頑張ろうって気持ちになったりする
そして何より誰かの作ったご飯は美味しい。

今日も一日大変で 帰り道、パパは自損事故起こして意気消沈。

「僕お腹空いてないよ」とか言ってたけれど、グラタン作ってあげたら、もりもり食べてた。
良かった。

食べるって行為は生きようとする心の表れ。

supernova

今になってようやく涙が出てきた。

夕方、祖母がなくなった。
私にとっては「おばあちゃま」で、母と叔母にとっては「お母様」。



私たち家族四人と叔母と祖母、六人でチームのように過ごしてきた。
父方の祖父母は私が小学生の頃に亡くなって
12年前に母方の祖父も亡くなった。叔母は結婚をしなくて、私たちには従兄弟がいない。
おばあちゃまはたった一人のかけがのない存在だった。




祖母は、母と叔母に看取られて静かに息を引き取ったそうだ。

亡くなる直前に、母が「ゆかが卒論出し終わったって」と祖母に伝えると、祖母は「よかった」と頷いたという。

祖母はいつも「ゆかちゃんが心配」と口癖のように言っていた。

姉がアメリカの大学に進学したときはニコニコと送り出したのに
私が一年の留学に行くときは涙を流して「ゆかちゃんは心配よ」と言っていた。





出かける約束は断った。
“大丈夫だから心配しないでね”と言っているのに
みんな私を元気づけようとして、
クリスマスツリーの写真を送ってきたり
赤ちゃんと一緒に歌う動画を撮っておくってきたり
本当にへんてこな方法で、励ましてくれた。



明日会うはずだった人からは、こ「大好きな祖父が亡くなったときよくこの曲を聴いてた」と送られてきた。私も、大好きな曲だった。


いつかまたおばあちゃまに会えるのだろうか。
それまで見ていてくれるのだろうか。

「ゆかは大丈夫だから、もうゆっくり休んでね。
いつかはみんなそこに行くから、おじいちゃまと待っていてね。」

ちゃんとそう伝えてお別れしよう。











supernova / BUMP OF CHICKEN

熱が出たりすると 気付くんだ 僕には体があるって事 鼻が詰まったりすると 解るんだ 今まで呼吸をしていた事

君の存在だって 何度も確かめはするけど
本当の大事さは 居なくなってから知るんだ

延べられた手を拒んだ その時に 大きな地震が起こるかもしれない
延べられた手を守った その時に 守りたかったのは自分かもしれない

君の存在だって もうずっと抱きしめてきたけど
本当に恐いから 離れられないだけなんだ


人と話したりすると 気付くんだ 伝えたい言葉が無いって事
適当に合わせたりすると 解るんだ 伝えたい気持ちだらけって事

君の存在だって こうして伝え続けるけど
本当のありがとうは ありがとうじゃ足りないんだ

僕らの時計の中 ひとつだけでもいいから
本当を掴みたくて…

春みたいなぬるい空気

長いお祭りが終わったような気分


何かよく分からない見えないものに向かって走っていると
だんだんそれ自体が楽しくなってきて
もうゴールなんて来なくていいんじゃないかと思うときがある

ここ数ヶ月はそんな日々だった



昨日の夜は眠れなくて
嘘みたいな大雨の音を聞きながらじっと朝を待っていた


朝はすぐにきて、あっという間にお祭りは終わって、気付いたら雨も上がっていた。

外はなんだか春みたいにぬるい空気に満ちていて
まるで、大好きな冬まで終わってしまったかのようだった。


あっという間の時間の中で

強い人弱い人
優しい人ずるい人

色んな人に出会った


好きになられたり、離れていかれたり、
好きになったり、好きになれなかったり、

色んなことがあった



此処はとても暖かくて
人はとても愛しくて

この日々は本当に尊いなと思う






まだずっと此処に居たいけど、そろそろ重い腰を上げなくちゃ。


寂しいと、思うことが出来て良かった。









まどろみ

眠くて眠くて仕方のないときがある。
どんなに寝てもまだ夢の中みたいで
瞼の裏にまどろみが住みついてしまったような
ぷかぷか朝もやの中に浮かんでるような
そんな眠気が、緩くなった蛇口かポツポツと垂れる水のように、絶えず降り注ぐ


眠くて眠くて仕方ない。

無理矢理にでも外に出ないと まどろみにつかまって 違う世界に行ってしまいそう


monday

冬は寒い月曜の朝は眠い



“ハチの巣みたいだ東京
働きバチの行列が
私はまだ柔らかな幼虫
あまい あまい 夢を見る”


spell, magic, whatever.

もっと 深い場所で
もっと 優しい場所で
もっと 見えない場所で
繋がりたい


もっと 渦の中に落ちていきたい
もっと 止まらなくなりたい

もっと どうしようもなくなりたい


どんな映画でも撮れないような
どんな言葉にも例えられないような
どんなメロディーにものせられないような
たったひとつのそれが欲しい


今にだけ宿るもの

めまぐるしく時間が過ぎていく。
分かってる。一分一秒がとても尊くて、もう二度と戻ってこないことを。
でも情けない私は此処に必死しがみつくことしか出来ない。
大好きな人たちの笑顔や声を脳裏に焼き付けておこう。
人はいつ死んでしまうか分からないから、大事なことだけはっきりさせておこう。

言葉や行動にしないと伝わらないこともある。

気持ちの形は色々で 名前をつけることなんて到底出来ないけど、名前は分からなくても、
この気持ちがここにあることははっきり分かる。


23歳になっても

「好き」って気持ちは本当に厄介
正論なんて届かないところで この気持ちが勝手に私を振り回す
嫌い 嫌い 嫌い のあとで この気持ちが私を振り出しに戻す
「好き」って思わなければ もっと全部簡単なのに

とはいうものの

私の毎日はここ最近わりと きらきらしてて楽しくて あったくて幸せで 好きになってくれる人がいて そこには利益とかそんなんなくて

私はもうこれ以上 自己評価がどうとかそういうの 考えるのはやめようと思う
だって
答えなんてないし 私はこのままで十分愛されてるから

若さとか 物分かりのよさとか 気の弱さとか
そんなものが私の全部じゃない

自己評価

「お前ってバカだな」 「あなたは素敵です」
言われてどっちが嬉しいかで 前者を選んでしまう人は
自分に自信がなくて 自己評価が低い人なんだって。

私はその、自己評価が低いタイプ。

「素敵ですね」 「すごいですね」 「尊敬してます」

そんなことを言ってもらって 「いや、私なんか、本当に..」 ってそわそわしてるとき
誰かに急に

「お前ってバカだなあ」
って言われると
「この人は私のこと分かってくれてる」
と思ってしまう

でもそんな人の側にいても 自己評価はどんどん低くなるだけだと 優しくて強い人たちは諭してくれる

「素敵だね」って言ってくれる人に 「ありがとう」って言えるようになりたい




boom boom boom clap

先週から引き続き脳内プッシュソング。とてもとてもとても 好き。

忘れたくない瞬間を閉じ込めてる感じ。





今週も頑張る。




才能

朝の議題は「才能」について。


私は誰にでも才能の根っこが生まれたときからあると思ってる。

それは男の人に媚びる才能かもしれないし
嘘をつく才能かもしれない。

暗記力 想像力

どんなに細かい作業もこなせる手

絶妙なバランスで愛嬌のある顔

人の心に響く透き通った声かも



それに気付かないで死んでしまう人もいれば
気付いて、そこを磨いて、偉大になる人もいると思う
もしかしたら悪名高い人にもなってしまうかも
「ちょっと得意だな」で終わらせる人もいるかも


それは小さな芽で
気付いても気付かなくても
育てても育てなくてもいい


でも、あるって思う



と、伝えられないのは能力不足だ




幸せは

幸せは帰りの電車
楽しかった1日の余韻と 明日の楽しみを 膝の上に乗っけて
がたんごとん揺られてると 幸せはここにあるなあと思う

スペシャルな日曜日は 1週間のブースターだ


1番早いお誕生日プレゼント貰っちゃった

「いつも助けてもらってばかりだから」って言われたけど
私はもう沢山貰ってるし 沢山助けられて甘やかされてる

みんな知らないんだな そこにいてくれるだけで 私にとっては十分って
嘘じゃなくて本当に
疲れてるときに あの子が無邪気に笑ってくれたり
ワガママ聞いてくれたり
夜中に電話で愚痴を延々聞いてくれたり
みんなに本当に甘やかされてる




誰に何を言われても 私はとても幸せなのです




書くこと

書くってどんなことか忘れかけてた


「妥協せずに自分の言葉で書くこと」
「ぐっとのめり込んで書いた文章しか伝わらない」

この二つを私は、高校生の時に先生に教わったんだった。


それは英語でも全く変わらないんだと気付いた。

私の言葉で書く。
もちろんそれは何でも好き放題ではなくて
届けたい人がいるから届くように書くんだけど。

入試のとき、志望動機のテンプレみたいな文章(他の先生からは褒められていた)を「全然だめだよ」って言われたときのこと思い出した


マニュアルが「いい」って言ってても、
それが私の心から出た言葉じゃなかったら意味がないんだ。


私は嘘つきだけど、文章には嘘つきたくない。
時々、つくんだけど。つくんだけど、それでも、なるべく。


英語と日本語は違うけど、それは私の言葉には変わりない。



はっとした。

朝方変な寒気がして布団に潜り込んだ。
気分が悪くて目が覚めると体温が二度上がっていた。
今学期初めて授業を休んだ。
でもスピーチコンテストのリハーサルがあったので、電車に乗り、タクシーに乗り、学校へ行った。

私がいることが場違いのように感じてしまうほど、みんなレベルが高くて、私はなんだか落ち込んでしまった。

解熱剤で頭がぼうっとしてスピーチも上手に出来なかった。 でも、誰もいない観客席にたったひとり、コーチがぽつんと座ってそっと見守ってくれていた。
父兄参観みたい、と思った。 ボロボロなスピーチのあと「緊張しちゃって全然だめだった」と落ち込む私にコーチは笑顔で「頑張ったね」と声をかけてくれた

外に出ると、友達が待っていてくて、一緒に帰った。
熱が出ると不安な気持ちになって、なんだか心まで落ち着かなくなる

帰り道、電車の中でメールを開くとコーチからのフィードバックが届いていた。
色々なアドバイスのあとに「一番大事なアドバイスだよ」から続けられた言葉に涙が滲んだ
毎日はとても尊いと何度も思うのに、そんな尊い日々を過ごす私のことを私はどうして何度も忘れてしまうのだろう





方向音痴

だって方向音痴だから十字路なんて大嫌い
どこから来たか忘れてしまう

地図も読めないし、標識の意味も知らないし

タクシー拾うよりは誰かに迎えに来て欲しい

何も出来ないけど熱いコーヒーを差し出して好きな音楽をかける

言いたいことは沢山あるけど車の中ではぽつりぽつりと話したい

雨が降っていたらいいな
どしゃぶりじゃなくて少しだけ

途中で何処かに停まる
道なんてあってないようなものでいい
冬がやってくるまでそこにいよう















「パリ市民の安全と平和を願うプロフィール写真を設定しよう。」

「プロフィール写真を変更しました」の通知と共にトリコロール一色だ。


それはパリに向けられた人々の善意で、愛で、行動だ。


けれど同日にレバノンでは2つの自爆テロで40人以上が死亡する事件が起こっていて
イラクでは“イスラム国”によって殺害された数十人の女性の遺体が埋められた穴が見つかったそうだ。

もちろん、パリの同時多発テロは衝撃的で陰惨な事件だ。

彼らの命に優劣はなく、同じように尊く悼むべき命ではないのだろうか。

フランス、特にパリに住む友人たちとは連絡が取れたけれど、とても心配だ。
同時に世界中に住むムスリムの友人達のことを思うと、とても気がかりだ。


パリ、フランスで暮らす人々の心に安心が、一刻も早く訪れますようにと願う。
そして同じように、レバノンで、シリアで、イラクで、世界の全ての場所で暮らす人々の生活に安全が訪れてほしいと願う。



私はFacebookのアイコンはフランスの国旗にする代わりに、これをきっかけにもっとしっかり情報に敏感になって、一体世界では何が起きているのかという事実から目を背けず、「知る」ことを続けようと思った。











心は

選べないこと
言えないこと

大きなため息ひとつと一緒に、深く、遠く、吐いてしまえば

きっと何処かに飛んでいって、忘れられる


でも


それすら惜しくなってしまうほど
どうしようもない気持ちは


誰にも言わないで

ひとりでこっそり持っていたい


悲しいことがあった日も
傷ついてしまった日も
どうしようもないことが立ちはだかったときも

物語の中に光を見つけたり
目を閉じて音楽を聴いて

心は自由なんだって何度も気付く


















師走への助走のような月

師走への助走のような月

お腹が空いて 眼がしょぼしょぼするけど おうちに帰ったら熱いコーヒー淹れて それから眠ろう あと少しでまた大人になるので ちゃんと、毎日をもう少し質良く
変な人たち囲まれる日々は あと十年もしたらとてもとても 恋しくなるんだろうな
時々悲しくなって仕方なくなったら こういう日々を思い出すんだろうな
それは高校生のあの頃を懐かしむのと一緒で
失くして気付くわけではないんだけど






けろっと全然元気だよ
女の子は泣かないからね 

「ほっといて」

人のことかまうふりして みんな自分のことばかり
愛したいようなふりして 愛してほしいって顔してる
分かったようなふりして みんな自分を認めてほしいだけ

私だって同じだよ 報われないのは哀しい
聖人じゃないんだから お母さんじゃないんだから 無償の愛なんて、そんなの持ってないよ
私 無い物ねだりなんてしないよ

だから私が持ってないものを ねだられたってあげられない



ほっといて
って言えればいいのにな






片頭痛

ほっといてくれって気分なのは偏頭痛のせいだな





真っ白、ふかふか、ふわふわ、いい香りのするお布団で眠りたい
クリスマスイブの夜みたいに 朝を楽しみにぐっすり眠りたい





24時間急かされて繋がってるの時々疲れちゃう

家族のこと

家族が内定祝いのディナーに連れて行ってくれた。
20歳の誕生日も同じレストランで祝ってもらった。
母のお気に入りのレストラン。 テラス席から見える夜景が昔住んでたNYのそれと似てるんだって。


沢山笑って、よく話した。 家にいるとこんな風には話さないけど、開けた雰囲気の空間で美味しいご飯を囲んでいると、自然と心がほどけて、優しい気持ちになれる。




とても不思議な家族。

綺麗で、すっとしていて、「出来る女性」「キャリアウーマン」の言葉が会った人の頭にすぐ浮かぶような、ママとお姉ちゃん。2人はよく似ていて、私はあまりにていない。


パパは私と似た弱さを持っている。心が弱いくせに変に負けず嫌いで気分屋。長い間、病気と闘いながら、頑張ってる。





私は、車から窓の外の街の光を眺めて、まどろみに落ちそうになりながら「私は本当に何にもないけど、この家族と環境がギフトなんだから、追いつけるように、肩を並べられるように、頑張らなきゃ」と思った



















11月。

びゅん、と過ぎた10月でした。
11月は、好きな季節だから、もう少しゆっくり時間が流れていけばいいな。


毎年この時期は色んなことが起こる。
1年過ぎるとまた誰か違う人と一緒に居て、年をひとつずつとっていく。

深呼吸して、ちゃんとしなきゃ。




煙たい

好きな歌。






「右手で煙草を吸うなら
せめて空いた手で髪をなでて」




大学生が終わっていく

次の冬が終わって春がきたら大学生が終わる
朝まで本読んで ミニシアター系の映画を毎週何本も観に行って 夜は小劇場に演劇観に行って 好きなお洋服買って 色んな髪型、色にして 色んな人とご飯食べて 休みが取れれば海外旅行して テストは簡単で先生は優しくて 恋愛は好奇心を満たせればよくて ふと思い立って留学して
そんなことにとても一生懸命な4年間だったな


ふたりだった

一年前は狭い部屋にふたりぼっちで居た。

誰かがドアをノックしても
二人で笑いをこらえて声をひそめてた

安心して、あったかくて、よく眠れた。
いつものように夜中に起きてしまっても、
隣で眠ってる顔を見ると不安じゃなくなった。
胸に顔をうずめるといつもタバコの匂いがした。

今も手を伸ばしたら多分すぐ届くんだけど、もうそれはしたくない、もう要らない。

誰かの居場所を奪ってもそれは私の居場所にならないって分かったから











誰にでも自分に必要な言葉ってのがあると思う。でもそれが前もって分かってる訳じゃない。その言葉に接して初めて、ああこういう言葉を自分は欲していたんだと知る。必要な言葉はアタマやココロだけでなく、カラダの奥にまで入ってくる、いわゆる〈腑に落ちる〉んだ。

(谷川俊太郎.com 立ち話2014年10月22日より)
http://www.tanikawashuntaro.com/archives/category/essay/page/6




うん。うん。うん。
何百回も頷きたい。





月曜日の朝は

どんどん空気が澄んでいく。 昨日の夜はマフラーを巻いた。

久しぶりにぐっすり寝た。

起きたら、もう家を出る30分前で 慌ててシャワーを浴びて 髪を乾かして結って 最低限のメイクをして飛び出した
授業は4限から。
でも毎週月曜日は、友達と学内のカフェで待ち合わせて勉強したりお喋りする時間があるから
その子のこと考えて駅まで急いだ。

友達は5つ歳下の男の子で、歳も性別も関係なく、とっても大事な友達。

だけど時々、若いなあって羨ましくなる。


授業が終わったら、横浜で親友の女の子とご飯の約束があるから、やっぱり急いで帰る。

15歳から、もう8年の付き合い。
髪の長いときも短いときも ささくれてふくれてたときも 浮かれた顔してたときも 大体全部、知ってるような気がする
会うとほっとして、 元気に居てくれるだけで嬉しい、 おばあちゃんになってもきっと大事な友達。


そんな月曜日の始まり。


依頼されてる原稿の添削も 卒論の中間発表も スピーチコンテストの内容も あれもこれもやらなきゃなんだけど



この季節が大好きだってことは 忙しさの中でも忘れてたくない



私はきっとほとんどの人にとって どうでもいい話を今書いている



でもこんなどうでもいい話を 読んでくれる人が 聞いてくれる人が 地球のどこかにはいるかも

思うのは
あなたのことを どうでもいいと思ってる人に あなたが大事にされなくても
それは仕方のないことだから 心をすり減らしたりしないでほしい
ということ、ともう一つ

あなたを大事にしてくれる人を あなたがもし傷つけてしまったら きっと心の大切な部分が 気付かないうちにすり減ってしまうよってこと













したいこと

どんなに時間がなくても
そんな時にしたくなることが
本当に好きなことだと思う

そんな時に会いたくなる人も
本当に好きな人だと思う


私は今すごく書きたくて書きたくて
言葉を丁寧に扱いたい

好きな人と
何も考えずに話したい
大好きな映画を一緒に見て
隣で眠りたい

利益も損も理論も全部抜きで
あったかい時間の中にいたい


少し疲れた


でも
何もやめたくないし
誰のことも諦めたくない


もっと強く優しくなりたい


「朝のリレー」

カムチャッカの若者が
 きりんの夢を見ているとき     メキシコの娘は  朝もやの中でバスを待っている
    ニューヨークの少女が
 ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は  柱頭を染める朝陽にウインクする
    この地球で
 いつもどこかで朝がはじまっている

 ぼくらは朝をリレーするのだ
 経度から経度へと
そうしていわば交換で地球を守る  眠る前のひととき耳をすますと
   どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
 それはあなたの送った朝を
 誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ


(谷川俊太郎「谷川俊太郎詩集 続」思潮社 より)


知るべきなのは

ひとりきりで眠ってても、 どこかの誰かと寝息を合わせてること
ひとりで起きてるようでも どこかで誰かも目を覚ましていること



みんながそれっぽい理由をつけて それが嫌いだと口を揃えても
確かな理由ひとつもなく 私はそれを好きだと言っていいこと









窓の外は朝焼けか夕焼けか

何でも知ってるみたいに話すから
何にも知らないふりして聞く


小さな世界で満足してるふりして
遠くを見て靴ひもはしっかり結んだ

去りがたいふりして
軽やかな気分ですすむ

ああ終わっちゃったって笑いながら
こっそりコンティニューボタン押せるくらいの強さはある 



















こんな気持ちを いつか泣きたい日に 思い出から取り出せるように

ちゃんとずっと 何処にいても持っていたい


本当の本当に 気付いてもらえるのは こわくて嬉しい



きっとずっと泣いてた人だ 泣いて泣いて涙が枯れて それでも泣きたくて 色んな方法で泣いてた人だ


暖かいと思って繋いでた手を ふいに離される寂しさも知ってる人だ

みんなが言う「強いね」じゃなくて
私は本当に、 強くて優しい人だって思った

というか 強いとか弱いとか なんかよくわからないね

両方あるから 優しさになるのかな




私も、強く優しい人になりたいって ずっとずっと思っているけど 自分のことすらままならなくて
だけどそれでも 少しは、本当に少しだけかもしれないけど

誰かにとっての優しさに少しでもなれてますように




あんまり居心地のいい場所にいると、 ひとりじゃない気がしてくる。
でも、ふとしたときに、 たとえばカップの中のコーヒーの黒さに目を落としたときなんかに、
ああやっぱりひとりだ、って気付く。

その感覚に生かされて、 息を吹き返す。
「ひとりが好き」じゃなくて 「ひとりが好き」な人が好きなわけでもなくて
何処にいても 誰といても ひとりなってしまう人が好き
変わってるとか ひとりぼっちとか オンリーワンとか そういうのじゃなくて

自分自身よりも愛してる人がいて その人と寄り添いながら生きていて 寂しさも哀しさもなくて 愛に溢れていても
ひとりきりの人はいる










波よせて。

night wave.





毎日暮らしてる街に見えなかった。 幻想的っていうよりSFみたいで近未来的。
でもとってもシンプル。 波を青い光で照らしてるだけ。



夜の高速みたい。 夜光虫みたいってみんな言ってる。








言葉.

“昼には青空が嘘をつく
夜が本当のことを呟く間私たちは眠っている
朝になるとみんな夢をみたという”
谷川俊太郎「ソネット45」

真面目

「真面目だね」 「真面目だね」 「真面目だね」

「つまらないね」 「つまらないね」 「つまらないね」

同じに聞こえる

あるアイドルが言ってたよ 「あんまり真面目をなめないで」って
知らない誰かに 上澄みだけすくわれて 名前をつけられる気持ち悪さ
番号と大差ない

悔し泣きしても仕様ないので ちゃんと武器を身に付ける

左の頬を叩かれても 右の頬は差し出さない








緊張しい

小さな頃から 何でもないことで緊張する
心臓がものすごい勢いで動いて 音が周りに聞こえるんじゃないかってくらい、緊張する

公園で滑り台の順番待ちしてるとき
運動会で「よーいどん」を待ってるとき
手を挙げて本当のことを言うとき


だけど「緊張してないようにみえる」 って言われる
だって 見栄っ張りだから


5年いたって学校は緊張するし
会社入ったらなんて考えると
息が苦しくなりそう

今夜内定式を控えて 本当は倒れそうだけど スタバで涼しい顔してる

時々こっそり深呼吸しながら



信じる才能

長いものに巻かれてしまいたいとおもった。
長いものに巻かれて、 強いものに守られて、 光るものに照らされて、
そうして厄介な感情を無い物にしてしまいたいと思った。
「涙は人に見られてはじめて涙になるのです」
じゃあ、見られなければ消えてなくなるかな
それは無垢な行為であるべきで 見返りなんてものは存在しない


でも私はいつだって欲深い人間だから なんにもいらないよ、 なんて穏やかな顔をしながら
何よりも手にするのが難しいものを願っている。
厄介だ。本当に。
一番は取り替えがきくけれど それは、一番だろうがビリだろうが、
取り替えがきかない、たったひとつものだから。

厄介な願いを持った厄介な私は、信じる才能がないのだ。
みんな知っている
自分は誰にも替わりのきかないたったひとりの存在だと知っている

私が知っているのは、私の替わりがきっと沢山いること

どんなにお利口さんの振りしてもある日突然それはやって来て ぽん、と私を押し出すだろう

そして私は途方に暮れる 信じる才能は何処にあるのだろう











家族

家族が私の内定祝いしてくれた。

本当に個が強い家族だっていつも思う。

我が強くて、野心家で、好奇心旺盛。みんなそれぞれ違うことに没頭していて、一緒に暮らしているけど、家族というより一つのチームみたいな感じ。私はまだ補欠で、もうすぐデビュー戦。

色んな人生訓を学校で教わったけれど、それを実現してるのが両親だった。自分の好きなこと得意なことでお金を稼いで、道を切り開いていって、成功した人たち。

今だって60を過ぎるのに、世界中飛び回りながら仕事して、旅行して、毎日謳歌してる。

私も好きなこと得意なことで世の中に出ていきたいな。



やんちゃ

youka and you (柚佳と優)

19歳の時に2人で行ったNY。 五番街、ティファニーの側の歯医者さんにお世話になったのは私。


NYで歯の神経を抜く NZでレントゲンを撮る 日本で頭蓋骨を割る

全て実話です
文字面のインパクト。
不幸自慢は嫌だけど 怪我自慢は時々したい
「頭蓋骨割ったことあるよ!!」
って。

返答は大体 「ああ、だからちょっと頭があれなんだね」です。
小学生のとき、 滑り台から落ちて頭割って1ヶ月以上入院した
健康手帳の怪我の欄にはしっかり 「頭蓋骨骨折」って入ってた
ちなみに3年後に左腕折りました
なんでって、 滑り台から落ちて。

やんちゃと死は隣り合わせ

それから滑り台に登るの禁止されました




うそつき

どんなに悩んでたことでも
どんなに泣いたことでも
どんなに怒ったことでも

終わってしまえば
大体のことは
ふわっと話せてしまう

一年前に泣いたことなんて
笑い話に出来てしまう

でも、あの頃のことだけは
19歳の私に今も口止めされてる気がして
ふわっとなんて話せない


車の窓に変化はなくて
いつも高速のライトがびゅんびゅん過ぎていくだけ
このインターで降りて、このコンビニで止まって、
私は待っていて、
どんな匂いがして、どんなことを話して
どんな風だったか、全部思い出せる


手を伸ばしたのは私なのに
誰かのせいにしたくなった

一つ嘘をついたら、嘘はたくさん必要になって
気付いたらとっても嘘が上手になった
















読みかけの本が鞄の中で眠ってる
読む暇もないほどに くるくる時間が回るのは
なんだか楽しい

地球の裏側で

Facebookが教えてくれた"1年前の今日"の私は ニュージーランドのYMCAの共同キッチンで大根と鶏手羽を煮ていた。
毎日そんな手の込んだ料理をしていたわけではなく、通っていた学校のイベントでそれぞれ母国の食べ物を持ち寄るシェアランチの為に準備をしていたのだ。
学校には日本人がそれなりに居たので、寿司、焼きそば、お好み焼き、あたりは必ず誰かが持ってくるだろうと思い、私は自分の食べたい和食を作ることにした。
大根と鶏手羽の煮物。
外国人の口に合うか自信はなかったけれど、きっと日本人は恋しく思っている味だろうと思った。
ニュージーランドで食事をしていて大根が出てきたのは、日本食レストランか韓国レストランだけで、スーパーにも売っていない。
恐ろしいほど値段の安いチャイニーズスーパーマーケットで私は大根を手に入れた。

それを住んでいたホステルの共同キッチンで煮込んでいるとき、とても不思議な気分だった。私は何か変わっただろうか、とキッチンの窓からオークランドの街を見て思った。

何処に行っても私でいられるのは、私の欠片ばかりの個性かもしれない。長所か短所かと聞かれたら、それは両方だ。

地球の裏側で大根と鶏手羽を煮る私は、誰かに言わせれば「自分を持っている」子で、時には「浮いてしまう」子でもあり「つまらない」子かもしれない、でも、つまらないパーティーで誰かとキスして「そんな子だったっけ、なんだか変わったね」って言われても、私は元々、こういう人だよと言いたくなる。

本が好きで、地球の裏側でも自分を消せない頑固者で、一瞬に恋をする22歳。何も変わってないのに。