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Showing posts from August, 2015

夏の裁断

島本理生さんの新刊「夏の裁断」を鎌倉で買って、そのまま読んだ。
そしたら、偶然鎌倉が舞台で、「道沿いのドラッグストア」とか多分あそこか、って分かるから不思議な気分になった。
13歳で島本理生さんの「ナラタージュ」を読んだ。 あんなに心が揺さぶられた恋愛小説は初めてで、まだ体験したこともない恋愛の行方と、まさにそのとき感じていた「訳も分からずとにかく心の底から好きになってしまう」奇跡と苦しさがそこにはあった。主人公は大学生で、私はもう彼女の年齢を越えてしまったけれど、どんな恋をしても、ナラタージュを読むときに思い出すのはたった一人、あの人だけ。
絶対忘れないって思える綺麗な一瞬だけは、本当に真空パックみたいに心の中に閉じ込めていられると教えて貰った小説、

ところで、「夏の裁断」良かったです。
再生の物語かは分からないけど 最後の一行に救われました。 どんな物語にも、ひとかけらの救いが欲しい。


街の光

私には、どこか知らない街に行ったときにいつも思い出す言葉がある。
「観光とは光を観ることです。町の輝きを感じて下さい。」

母の知り合いで、ニューヨークに住んでいる写真家の人が、私がニューヨークへ遊びに行ったときにメールでくれた言葉。

この言葉を貰ったときから、旅行に対する心構えのようなものが変わった気がする。
行きたかったお店が定休日でも、 時間がなくて行きたい所全てに行けなくても、 電車を乗り間違えてタイムロスしても、
街の光さえ感じられれば、それでいいんだって思うようになった。

ニューヨークなら、 エンパイアから見る、息が止まりそうな夜景。 朝のセントラルパークの草についた朝露。 空にひしめくネオン看板。 夜でも消えないピザ屋の灯り。

全部街の光。

今週、友達と二人で一泊二日の岩手旅行に行って来た。


往復の新感線の時間以外は宿も観光する所もノープランで出発した旅行。
疲れ果てて食べた冷麺が本当に美味しかったり、 電車乗り間違えて何もない山のふもとに降りたり、 ホテルの部屋でプリン食べたり、 地元の人に教えてもらったパン屋さんで朝ご飯食べたり、 最近のこと話したり、昔のこと話したり、
すごく楽しかった。

街はとても静かだった。東京よりずっと涼しくて、少し寒いほどだった。 でも出会う人みんな、とても暖かく接してくれて、これがこの街の光だって思った。


大好きな宮沢賢治の童話村にも行って来た。
私と同じ世代の子なら、 きっと国語の教科書で宮沢賢治の「やまなし」を読んだことがあるはず。 ストーリーは覚えてなくても、この言葉は覚えてるんじゃないかな。
「クラムボンはわらったよ。」 「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」

http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46605_31178.html(ここで読めます)

宮沢賢治の言葉は 一文一文はシンプルに見えるのに、でもそれが幾つも繋がって 誰にも真似出来ない美しさのある文章になっている。
私なんかには語れないけど、でも綺麗だなって思う。
特に口に出して読んでみると、その響きの美しさに驚く。

童話村、また行きたいな。

宮沢賢治の本、読み直したくなった。















秋が好き

秋の風が1番好き。

夏は熱さに溶けてしまっていた言葉や音が、涼しくなるにつれてどんどん澄んでくる。
私の頭もすっきりしてきて ちゃんとそれを受け取れる。

夏は、 氷を口に含んだときのその冷たさとか 熱い空気が身体を覆って、息がはずむ感じとか
音や言葉よりも、身体の感覚がはっきりする。
それもとても良いんだけれど
私は、寒いのが好き。
イヤフォンを通して聴こえる音楽も 見開きのページに並ぶ活字も
秋の涼しい風が 余計なものが取り払ってくれて 1番分かりやすくて まっさらな状態になる。
それと、気持ちも同じで うだるような暑さの中でぼんやりしていた思いも考えも、ちゃんと澄んでいく。
要らないものも欲しいものも 本当の気持ちが分かる。
だから秋が好き。














今を生きるってほんとの意味は

そう、よく「今を生きるのが大事」って聞くけど、
ほんとの意味をやっと自分なりに見つけられてきたこの頃。
そのまんまの意味だけど、だからとても難しいと思う。
だって、過去は美しくなりがちだし未来は妄想しがちだし
今を生きることに集中するのは、なかなか強い精神が必要。
過去にすがってはいけないし、未来に過剰な期待をするのもダメ。
今、今日、この瞬間をしっかり生きるって、なかなかほんとに大変だ。
もしもの話ばかりしないで、今の自分で勝負したい。



否定も肯定もしない

久しぶりに嫌な記憶を思い出したて胸がざわついた。あの言葉の選び方、責めるような視線、全部が私を否定しているような感覚。抱きしめるように、鎖で私をがんじがらめにしようとする人。

初めて人に独占欲を向けられたのは中学2年生のときだった。1年生のとき散々ないじめを受けた私には信頼できる友達がほとんどいなくて、ようやく出来たその友達の存在は私にとって本当に救いだった。とても愛嬌のある女の子で、人に対して怒ったりしない明るく穏やかな子に見えたけれど、仲良くなってすぐに、それだけが彼女の表情ではないと知った。

彼女は私が他の友達と仲良く話していたり、休日に出かけたりすることを過敏なほど嫌った。例えば「昨日○○ちゃんと一緒に帰ったんだけどさー」と他の友達の名前を出せば、途端にそれまでニコニコしていた彼女の顔からは表情が消え、水を打ったような冷ややかな声で「じゃあ○○ちゃんと毎日一緒にいれば?」と言い放つのだ。私はハッとして「怒らせてしまった、私がいけないことを言ってしまったんだ」と焦りながら「ごめんね」を繰り返した。謝る私を無視をしたり、露骨にひどい態度をとりながら、「だって私の事どうでもいいんでしょ」と言う彼女に、私は「そんなことないよ、あなたが一番の親友で他の子とは全然違うよ」と必死で友情を語った。「私のこと嫌いなくせに」「そんなことないよ、大好きだよ」を何度も繰り返し、ようやく彼女が「私もこんなに素を出せる親友他にいないよ」と笑顔を見せるとき、私は心からの安堵と同時に、何か達成感のようなものを感じたのをよく覚えている。「私の気持ちが届いたんだ」という達成感。その時から私はゆっくりと自分を失っていったように思う。今思えば、彼女は私がどこまでその理不尽さを受け止めることが出来るのか試していたのだろう。

怒っていないときの彼女はいつも私の腕に自分の腕を絡めて、「大好き」「一生親友だよ」と言って、服も文房具もなんでもお揃いにしたがった。孤独に泣く日々を過ごしていた私にとって、親友がいるという事実は心の支えにもなった。彼女が楽しそうにしているときは私も嬉しかったし、学校ではいじめられ、家族には叱咤されたり時には叩かれたりしていた私にとって、彼女はたったひとりの拠り所だったのだ。

けれど彼女の理不尽な言葉や態度は日に日に凶暴さを増していき、心の支えであったはずの彼女は次第に、心を押…

すきなもの

お気に入りのマグカップ


新しい香水

好きな人

寂しいは悪い感情じゃない。
好きな人が増えていけばいくほどに 寂しくなってしまうものだから。

好きってそんなに単純な感情じゃなくて、嫌いも無関心も妬みも寂しいも、全部すぐ近くにある。
真空パックに気持ちを入れて閉じ込めてしまうのは素敵だけど、
前に進むには、変化を受け入れていくしかない。




昨日のこと

sleep like a baby tonight U2
買った覚えのないU2の歌たちが 私のitunesの「購入した曲」に入ってるのはなんでだろ
でも嫌いじゃないな
こんなに朝早く起きたのも こんな風に外に出るのも久しぶりで 正確には1週間ぶりで
静けささと穏やかさを求めて部屋に居たけれど
私が引きこもっている間に季節は移り変わったみたい
あんなに熱い空気に街は揺れていたのに 少し涼しい風が誰もいない街を踊っていた
そして私は間違っていたみたい
朝の道はとても静かで 傘にあたる雨の音だけがよく聞こえた
私はきっと眼を開きながら眠っていたのだと思う
ねてもさめても、なんて馬鹿みたい






「芯が強いね」

芯が強いのか芯が脆いのか、どっちか分からない。

時々本当に崩れてしまいそうになる。
でも崩れずに汚くも生きてるのは強いからなのかもしれない。


周りの人は、「強いね」と言う。
「芯がしっかりしてる」と。

でも当の本人の私は、自分の心の何処か大事な部分がとても脆いことを知っている。

“強いようで弱い”とか“強がってみせている”なんてよくある言葉は要らなくて
私はすこやかにのびのび生きていきたいと思ってる。

だけど本当に、時々、ぐらっと崩れそうになる。

そんなとき、目を閉じてただ横たわりたいと思う。
真夜中の暗さと静かさに身を委ねて眠りたいと思う。
すっかり元気になるまで、朝はこないでほしいと思う。



小さな頃に戻りたい。




私はもう大丈夫って思うのに、すぐに掴まれて戻ってしまう。



それでも進んでるんだって信じたい。
少なくも、時間は前にしか進んでいない。








大丈夫じゃなくても会える友達

大好きな友達に会ってきた。
お互いの今までの人生の中でのどん底の時期を知っているからこそ、
暗い話なしに笑ってられる今 ほんとに二人ともタフになったなって思う。
それでもまだまだ私たちなんて
ひよっこみたいなもので、
何も知らないわけではないけど 全部知ってるわけでもなくて 知りかけみたいな、 ちょっと掴みかけたみたいな  
そんな所にいる。 楽しい所、だと思う。

まだ多くは手にしてないから まだまだ色んな可能性がある所。
お互いの大丈夫じゃない時を知っているから、今は大した話をしなくても、大丈夫だって分かる。

こういう友達がいてよかった。
出会えて良かった、って本当に思うの。


im gonna live like im gonna die.

夏休みって
好きなもの噛み締めて生きてられるのがいいよね。
色々変わってく。
歳なんてとりたくないって思ってたけど今はあんまりこわくないし
長生きしたいって思ってたけど、運命にまかせるって少し思い始めたし

価値観が変わってく。

嫌いだったものを好きになったり 好きだったものを嫌いになったり

変わらないのは思い出だけだなって 本当に本当に思うんだけど。
嫌いになっても、思い出までは嫌いにならないし。

だから、毎日良い思い出をつくりたいね。いつ死んでしまうかなんて分からないもんね。




思い出。

どれだけ素敵な時間を過ごしてたかなんて、 過ぎてからじゃないと本当には実感できない。




「この瞬間を後になって絶対愛おしむ」って思いながら過ごしてたけど




夢みたいな時間だったなあ。










夏は始まったばかりなのに 少し疲れてしまったかも。
優しい人が好き。 何が優しいのか分からないけど 一緒に居たいって思う 疲れた時に会いたいって思う
顔見て少し話すだけど 波立ってた気持ちが すーってフラットになるような
そんな人が好き。
その人を思い浮かべたときに 愚痴を言ってる声や顔でもなく 不自然に大きな笑い声でもなく
優しく笑ってる顔とか 穏やかに話す声とか そういうのが浮かぶ人
男女は関係なくて、 優しい人と一緒に居たい。





絶対に戻ってこない夏

こんな夏はきっともう来なくて
こんな人達にはきっともう会えなくて
夏が終わって冬が終わったら 私もあっち側だ
こっち側にはもう二度と戻ってこない
あっち側の人は言ってた 「利害関係の全くない友情はこっちに来たらなかなか出来ないんだよ、だから大事にしてね」って
でもきっとあっちの人は こっちにいたこと忘れてるんだ
利害関係、こっちにも沢山あるよ
少し疲れた。