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夏の裁断



島本理生さんの新刊「夏の裁断」を鎌倉で買って、そのまま読んだ。

そしたら、偶然鎌倉が舞台で、「道沿いのドラッグストア」とか多分あそこか、って分かるから不思議な気分になった。

13歳で島本理生さんの「ナラタージュ」を読んだ。
あんなに心が揺さぶられた恋愛小説は初めてで、まだ体験したこともない恋愛の行方と、まさにそのとき感じていた「訳も分からずとにかく心の底から好きになってしまう」奇跡と苦しさがそこにはあった。主人公は大学生で、私はもう彼女の年齢を越えてしまったけれど、どんな恋をしても、ナラタージュを読むときに思い出すのはたった一人、あの人だけ。

絶対忘れないって思える綺麗な一瞬だけは、本当に真空パックみたいに心の中に閉じ込めていられると教えて貰った小説、


ところで、「夏の裁断」良かったです。

再生の物語かは分からないけど
最後の一行に救われました。
どんな物語にも、ひとかけらの救いが欲しい。



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おなかが空いたから帰りたい

ふつふつと煮えたお湯、あちちと触る耳たぶ、半熟卵、とろりとした黄身、ひんやりマヨネーズ。文字面だけで楽しくてわくわくしてしまう。食べることは楽しい。何の為に生きてるんだっけ?とかそんなことを考えなくてよくなる。美味しいご飯を食べているとき、私はそのために生きているのだと思える。食べることは生きることだ。食べ方が粋な人は生き方も粋かもしれないし、見栄っ張りな食べ物ばっかり選ぶ人ってやっぱり見栄っ張り。食べることに無頓着な人は生きることにもあまり執着してなかったりする。(これは食べる量の話でもグルメかどうかとかそういうことでもない)
近頃変な食べ方をしなくなった。ちゃんとお腹がすくし、心と食欲はしっかり連動している。朝は食べないことが多いけど、ミルクとガムシロップを一つずつ入れたアイスコーヒーと無塩のトマトジュースがあれば十分だ。昼は自分で作ったご飯を食べるのが好きで、ちゃんと切った野菜や手作りのドレッシングを食べていると、自分が自分を大切にしていられることに少し安心する。夜は誰かが作ったご飯が食べたい。レストランでも、家でも、どちらでもいいから、ちゃんと火と気持ちの通ったご飯を食べると「今日も頑張ったね」と言われているような気分になる。出来ればあたたかいものが良い。休日の朝は手間暇かけたい。一晩卵液に漬けたフレンチトーストを焼いたり、丁寧にコーヒーを入れたり。朝をゆっくり過ごせる贅沢を味わい尽くしたい。そのあと二度寝するのも大好き。
食卓は生活で、帰る場所で、出かける場所だ。少し前まで恋人の部屋には食卓がなかった。背の低いガラステーブルにお皿を並べて、クッションに座り(もしくは正座)、テレビを見ながらご飯を食べていた。私はそれが嫌で、「ご飯をちゃんと食べたいし、食卓ではちゃんと会話がしたい」とぼやいた。するとしばらくして、恋人はソファーをどこかへやってしまった。一人暮らしのそう広くはない部屋だけど、ソファーが消えるとがらんとして広く見えた。だけどすぐにそこに背の高いテーブルセットがやってきた。椅子がふたつ、向かい合って座ることも出来る。そこにテーブルマットをひいて、恋人が作ったカレーを食べた。すっごく胃に沁みた。瀬尾まい子さんの「幸福な食卓」のワンシーンみたいだとか思いながらもぐもぐ食べた。平日の朝は私が何も食べないので、私が低血圧に苦しんでいる間に恋人は食卓でわりとし…