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その人の世界






あの人も、この人も、私も、
違う瞳を持っている。


その瞳から、同じ世界を違う色や角度で見てるかもしれない。



私が本や音楽や美術、演劇、
そういうものにすごく惹かれるのは


他の人の瞳には世界がどんな風に見えるのか知りたいから。


私は知らないことや
かの知らない部分を
深く知っていくのがとても好きだから

本当はその人の瞳からそのままその世界を見たいんだけど

それはどうしたって出来ないから

作ったものから
その人を想像して
思いを受け取ったりする


私は自分のことはよく分からなくて

変わってるとか普通とか、それもあんまり分からないんだけど

自分の瞳を通して見えてる世界はきっと私にしか見えないものだから
大事にしようと、思ってる


書きたいって思いも、
それを伝えたいから生まれる気持ちな気がするから


もし私が小さな頃から、自分の伝えたいことを上手に話せる子だったら、書かないでいたかもしれないなって、最近考える


とにかく

知りたいって思う気持ちがあるのも
好きなものがあるのもラッキーだ





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