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月曜日の朝は







どんどん空気が澄んでいく。
昨日の夜はマフラーを巻いた。


久しぶりにぐっすり寝た。


起きたら、もう家を出る30分前で
慌ててシャワーを浴びて
髪を乾かして結って
最低限のメイクをして飛び出した

授業は4限から。

でも毎週月曜日は、友達と学内のカフェで待ち合わせて勉強したりお喋りする時間があるから

その子のこと考えて駅まで急いだ。


友達は5つ歳下の男の子で、歳も性別も関係なく、とっても大事な友達。


だけど時々、若いなあって羨ましくなる。



授業が終わったら、横浜で親友の女の子とご飯の約束があるから、やっぱり急いで帰る。


15歳から、もう8年の付き合い。

髪の長いときも短いときも
ささくれてふくれてたときも
浮かれた顔してたときも
大体全部、知ってるような気がする

会うとほっとして、
元気に居てくれるだけで嬉しい、
おばあちゃんになってもきっと大事な友達。



そんな月曜日の始まり。



依頼されてる原稿の添削も
卒論の中間発表も
スピーチコンテストの内容も
あれもこれもやらなきゃなんだけど




この季節が大好きだってことは
忙しさの中でも忘れてたくない




私はきっとほとんどの人にとって
どうでもいい話を今書いている




でもこんなどうでもいい話を
読んでくれる人が
聞いてくれる人が
地球のどこかにはいるかも


思うのは

あなたのことを
どうでもいいと思ってる人に
あなたが大事にされなくても

それは仕方のないことだから
心をすり減らしたりしないでほしい

ということ、ともう一つ


あなたを大事にしてくれる人を
あなたがもし傷つけてしまったら
きっと心の大切な部分が
気付かないうちにすり減ってしまうよってこと














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2017年に起こってよかったこと。

「今年を漢字一文字で表したら疲労の「疲」しかない」 昨年末、友人や家族と1年を振り返るような話になったとき、私はそう言った。
いつも狂ったように「前向きでいたい!」と自分を鼓舞して生きている人間の私にとって、こんな発言を自らするのは本来屈辱的なはずだったけれど、私の心情はいたってフラットだった。
だって、疲れたのだから。
それはこの1年の否定でも肯定でもなくて、ただただ、私が抱える事実だった。
2017年の元旦の夜の私には未来への期待しかなかった。 「今年は絶対変わるんだ、毎日をキラキラさせて夢に邁進するんだ」 という炎のような野望を抱いて、それを燃料にしてやみくもに前へ前へと動いた。
元旦の日も、寝正月なんてするもんか、と「今から初詣行こうよ!」と日も暮れたころに地元の親友を呼び出して鶴岡八幡宮で初詣へ行った。人生で初めて書く絵馬には「人生を自分で切り開く」と書いた。それから夜遅くまで鎌倉のカフェで互いの近況と今年の抱負を語り合い、帰路につくころにはすっかり心のエンジンがかかっていた。
家までの道を月を見上げて歩きながら、ふと「今年の一曲を決めよう」とapple musicの曲をシャッフルした。シャッフルをタップして、間髪入れずに力強いピアノのイントロが流れた瞬間を、私は一生忘れないと思う。
その一音目は私の脳天を直撃して、脳と心を震わせた。
思わず立ち止まって目を見開き、息を飲むほどその曲との出会いは衝撃的だった。
「素晴らしく好きな曲に出会ってしまった」と思った。
その夜書いたブログも残っている。
2017年最初に書いたブログ
そもそも、その曲をダウンロードしたのは「スターウォーズ・ローグワン」を見に行った日本橋の映画館に貼ってあったポスターにやっぱり同じような衝撃を受けたからだった。
「何このポスター、好き!」と思って、サントラをダウンロードした。それを初めて聞いたのが元旦の夜だったのだ。
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まるで思い通りにはいかない1年だった。 挫折…