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Showing posts from November, 2015

23歳になっても

「好き」って気持ちは本当に厄介
正論なんて届かないところで この気持ちが勝手に私を振り回す
嫌い 嫌い 嫌い のあとで この気持ちが私を振り出しに戻す
「好き」って思わなければ もっと全部簡単なのに

とはいうものの

私の毎日はここ最近わりと きらきらしてて楽しくて あったくて幸せで 好きになってくれる人がいて そこには利益とかそんなんなくて

私はもうこれ以上 自己評価がどうとかそういうの 考えるのはやめようと思う
だって
答えなんてないし 私はこのままで十分愛されてるから

若さとか 物分かりのよさとか 気の弱さとか
そんなものが私の全部じゃない

自己評価

「お前ってバカだな」 「あなたは素敵です」
言われてどっちが嬉しいかで 前者を選んでしまう人は
自分に自信がなくて 自己評価が低い人なんだって。

私はその、自己評価が低いタイプ。

「素敵ですね」 「すごいですね」 「尊敬してます」

そんなことを言ってもらって 「いや、私なんか、本当に..」 ってそわそわしてるとき
誰かに急に

「お前ってバカだなあ」
って言われると
「この人は私のこと分かってくれてる」
と思ってしまう

でもそんな人の側にいても 自己評価はどんどん低くなるだけだと 優しくて強い人たちは諭してくれる

「素敵だね」って言ってくれる人に 「ありがとう」って言えるようになりたい




boom boom boom clap

先週から引き続き脳内プッシュソング。とてもとてもとても 好き。

忘れたくない瞬間を閉じ込めてる感じ。





今週も頑張る。




才能

朝の議題は「才能」について。


私は誰にでも才能の根っこが生まれたときからあると思ってる。

それは男の人に媚びる才能かもしれないし
嘘をつく才能かもしれない。

暗記力 想像力

どんなに細かい作業もこなせる手

絶妙なバランスで愛嬌のある顔

人の心に響く透き通った声かも



それに気付かないで死んでしまう人もいれば
気付いて、そこを磨いて、偉大になる人もいると思う
もしかしたら悪名高い人にもなってしまうかも
「ちょっと得意だな」で終わらせる人もいるかも


それは小さな芽で
気付いても気付かなくても
育てても育てなくてもいい


でも、あるって思う



と、伝えられないのは能力不足だ




幸せは

幸せは帰りの電車
楽しかった1日の余韻と 明日の楽しみを 膝の上に乗っけて
がたんごとん揺られてると 幸せはここにあるなあと思う

スペシャルな日曜日は 1週間のブースターだ


1番早いお誕生日プレゼント貰っちゃった

「いつも助けてもらってばかりだから」って言われたけど
私はもう沢山貰ってるし 沢山助けられて甘やかされてる

みんな知らないんだな そこにいてくれるだけで 私にとっては十分って
嘘じゃなくて本当に
疲れてるときに あの子が無邪気に笑ってくれたり
ワガママ聞いてくれたり
夜中に電話で愚痴を延々聞いてくれたり
みんなに本当に甘やかされてる




誰に何を言われても 私はとても幸せなのです




書くこと

書くってどんなことか忘れかけてた


「妥協せずに自分の言葉で書くこと」
「ぐっとのめり込んで書いた文章しか伝わらない」

この二つを私は、高校生の時に先生に教わったんだった。


それは英語でも全く変わらないんだと気付いた。

私の言葉で書く。
もちろんそれは何でも好き放題ではなくて
届けたい人がいるから届くように書くんだけど。

入試のとき、志望動機のテンプレみたいな文章(他の先生からは褒められていた)を「全然だめだよ」って言われたときのこと思い出した


マニュアルが「いい」って言ってても、
それが私の心から出た言葉じゃなかったら意味がないんだ。


私は嘘つきだけど、文章には嘘つきたくない。
時々、つくんだけど。つくんだけど、それでも、なるべく。


英語と日本語は違うけど、それは私の言葉には変わりない。



はっとした。

朝方変な寒気がして布団に潜り込んだ。
気分が悪くて目が覚めると体温が二度上がっていた。
今学期初めて授業を休んだ。
でもスピーチコンテストのリハーサルがあったので、電車に乗り、タクシーに乗り、学校へ行った。

私がいることが場違いのように感じてしまうほど、みんなレベルが高くて、私はなんだか落ち込んでしまった。

解熱剤で頭がぼうっとしてスピーチも上手に出来なかった。 でも、誰もいない観客席にたったひとり、コーチがぽつんと座ってそっと見守ってくれていた。
父兄参観みたい、と思った。 ボロボロなスピーチのあと「緊張しちゃって全然だめだった」と落ち込む私にコーチは笑顔で「頑張ったね」と声をかけてくれた

外に出ると、友達が待っていてくて、一緒に帰った。
熱が出ると不安な気持ちになって、なんだか心まで落ち着かなくなる

帰り道、電車の中でメールを開くとコーチからのフィードバックが届いていた。
色々なアドバイスのあとに「一番大事なアドバイスだよ」から続けられた言葉に涙が滲んだ
毎日はとても尊いと何度も思うのに、そんな尊い日々を過ごす私のことを私はどうして何度も忘れてしまうのだろう





方向音痴

だって方向音痴だから十字路なんて大嫌い
どこから来たか忘れてしまう

地図も読めないし、標識の意味も知らないし

タクシー拾うよりは誰かに迎えに来て欲しい

何も出来ないけど熱いコーヒーを差し出して好きな音楽をかける

言いたいことは沢山あるけど車の中ではぽつりぽつりと話したい

雨が降っていたらいいな
どしゃぶりじゃなくて少しだけ

途中で何処かに停まる
道なんてあってないようなものでいい
冬がやってくるまでそこにいよう















「パリ市民の安全と平和を願うプロフィール写真を設定しよう。」

「プロフィール写真を変更しました」の通知と共にトリコロール一色だ。


それはパリに向けられた人々の善意で、愛で、行動だ。


けれど同日にレバノンでは2つの自爆テロで40人以上が死亡する事件が起こっていて
イラクでは“イスラム国”によって殺害された数十人の女性の遺体が埋められた穴が見つかったそうだ。

もちろん、パリの同時多発テロは衝撃的で陰惨な事件だ。

彼らの命に優劣はなく、同じように尊く悼むべき命ではないのだろうか。

フランス、特にパリに住む友人たちとは連絡が取れたけれど、とても心配だ。
同時に世界中に住むムスリムの友人達のことを思うと、とても気がかりだ。


パリ、フランスで暮らす人々の心に安心が、一刻も早く訪れますようにと願う。
そして同じように、レバノンで、シリアで、イラクで、世界の全ての場所で暮らす人々の生活に安全が訪れてほしいと願う。



私はFacebookのアイコンはフランスの国旗にする代わりに、これをきっかけにもっとしっかり情報に敏感になって、一体世界では何が起きているのかという事実から目を背けず、「知る」ことを続けようと思った。











心は

選べないこと
言えないこと

大きなため息ひとつと一緒に、深く、遠く、吐いてしまえば

きっと何処かに飛んでいって、忘れられる


でも


それすら惜しくなってしまうほど
どうしようもない気持ちは


誰にも言わないで

ひとりでこっそり持っていたい


悲しいことがあった日も
傷ついてしまった日も
どうしようもないことが立ちはだかったときも

物語の中に光を見つけたり
目を閉じて音楽を聴いて

心は自由なんだって何度も気付く


















師走への助走のような月

師走への助走のような月

お腹が空いて 眼がしょぼしょぼするけど おうちに帰ったら熱いコーヒー淹れて それから眠ろう あと少しでまた大人になるので ちゃんと、毎日をもう少し質良く
変な人たち囲まれる日々は あと十年もしたらとてもとても 恋しくなるんだろうな
時々悲しくなって仕方なくなったら こういう日々を思い出すんだろうな
それは高校生のあの頃を懐かしむのと一緒で
失くして気付くわけではないんだけど






けろっと全然元気だよ
女の子は泣かないからね 

「ほっといて」

人のことかまうふりして みんな自分のことばかり
愛したいようなふりして 愛してほしいって顔してる
分かったようなふりして みんな自分を認めてほしいだけ

私だって同じだよ 報われないのは哀しい
聖人じゃないんだから お母さんじゃないんだから 無償の愛なんて、そんなの持ってないよ
私 無い物ねだりなんてしないよ

だから私が持ってないものを ねだられたってあげられない



ほっといて
って言えればいいのにな






片頭痛

ほっといてくれって気分なのは偏頭痛のせいだな





真っ白、ふかふか、ふわふわ、いい香りのするお布団で眠りたい
クリスマスイブの夜みたいに 朝を楽しみにぐっすり眠りたい





24時間急かされて繋がってるの時々疲れちゃう

家族のこと

家族が内定祝いのディナーに連れて行ってくれた。
20歳の誕生日も同じレストランで祝ってもらった。
母のお気に入りのレストラン。 テラス席から見える夜景が昔住んでたNYのそれと似てるんだって。


沢山笑って、よく話した。 家にいるとこんな風には話さないけど、開けた雰囲気の空間で美味しいご飯を囲んでいると、自然と心がほどけて、優しい気持ちになれる。




とても不思議な家族。

綺麗で、すっとしていて、「出来る女性」「キャリアウーマン」の言葉が会った人の頭にすぐ浮かぶような、ママとお姉ちゃん。2人はよく似ていて、私はあまりにていない。


パパは私と似た弱さを持っている。心が弱いくせに変に負けず嫌いで気分屋。長い間、病気と闘いながら、頑張ってる。





私は、車から窓の外の街の光を眺めて、まどろみに落ちそうになりながら「私は本当に何にもないけど、この家族と環境がギフトなんだから、追いつけるように、肩を並べられるように、頑張らなきゃ」と思った



















11月。

びゅん、と過ぎた10月でした。
11月は、好きな季節だから、もう少しゆっくり時間が流れていけばいいな。


毎年この時期は色んなことが起こる。
1年過ぎるとまた誰か違う人と一緒に居て、年をひとつずつとっていく。

深呼吸して、ちゃんとしなきゃ。