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Showing posts from January, 2016

遠い

「一緒に走ろうね」って言いながら 置いてかれたり 置いてったりするのは とっくの昔の話で














江の島

昨日江ノ島沿いを通ったからかな
思い出で頭の中がいっぱいだ
あんまり楽しくなかったのに
嫌な気分になってばかりだったのに

なんか本当にしょうもないな

最近好きな歌

suisei

風邪をひきまして。

ほんのちょっぴりの微熱が延々下がらず、喉と鼻がぐすぐすです。

辛い。だって、何食べても香りがない。

コーヒー飲んでも苦みだけ。
コーヒー牛乳飲んだら甘さだけ。

人間、粘膜が弱ると、駄目だ

具合が悪いときの変な私の習慣
これだ、という一曲を延々聴くこと

少し具合の悪さから気が紛れるし
ずっと同じリズムで呼吸できて楽
走るときも同じ理由で一曲を延々リピート

で、この風邪に寄り添っているのは、tofubeatsの水星
浮かんでいるみたいにふわふわした気分になれて気付いたら眠れる
daokoちゃんやラブリーサマーちゃんが歌う水星も、混ぜたりしながら
延々、本当に延々、水星ばかり聴いては電車で眠ってる
















太陽が照らす小田急線内
携帯からのミュージック安定剤



“もう一度コンティニューしたいよ”

無重力で浮遊 
果てのない空間 ぷかぷか
ぐるぐるまわる惑星乗って 
どこまでもゆけるよ


君がまだ知らぬ夜があり
僕がまだ知らぬ朝がある

私が知らない夜はどこ
あなたの知ってる朝が見たい




jazz and night

Frank Shinatraを聴きながら電車に揺られていたら 急に全然馴染みのない街に居る気がして窓の外に目をやると、夜がいつもより深い気がした


この感覚は小さい頃によくあったなあと、ぼうっとしていたら、やっぱり目的地とは反対の電車に乗っていました。
どうりで、馴染みないわけだ。

でもそれとは別に、夜にジャズを聴くとなんだか不思議な気分になるときがある。懐かしくて、同時に少しさみしい気分。
小さい頃、まだ保育園に通っていたとき、ほとんど毎週、金曜日の夜遅くになると家族で車に乗り込んだ。
目的地は、河口湖の別荘。「山の家」と私たちが呼ぶその家は両親が結婚直後に少し無理をして買った家だった。
「昔から別荘を持つのが夢で、テントでもいいから、休日は静かな山の中で過ごしたかったんだ。」父はそう言っていた。
そこはまるで、「大草原の小さな家」の、あの一家が暮らしていそうな家で、二階建ての一軒家。
木材で出来ていて、屋根は緑色。暖炉と煙突もある。
共働きで1週間を忙しく過ごした父と母は、仕事終わりの金曜日になると、まるで逃げるように荷物を車に詰め込んで、寝ぼけ眼の私と姉を車に乗せ、静かな森へと入った。
車に揺られている時間が、私はとても好きだった。
夜中に出かけることはいつだって非日常を感じてワクワクしたし、車の中から見る夜の街は、まるでスクリーンに映し出され映像のようで、それを演出するかのように父が流すマイルスデイビスやビルエバンスの音楽も心地良かった。
びゅんびゅんと流れていく高速のライトを見上げ、長い長いトンネルのオレンジ色の光を抜けると、黒くて背の高い木々がどこまでも道に沿って並んでいた。小さい頃の私は夜の森にはオオカミがいると信じていたので、いつもそこまで来ると怖くなって目を閉じた。
夜中に到着すると、母か父が眠る私を抱えて子供部屋のベッドまで運んだ。私は翌朝、窓から射す木漏れ日で目を覚まして朝がきたことを知る。それがあの頃の週末の過ごし方で、家族の時間だった。

日曜の夜になると、今度は夜の山を下りて、住み慣れた街、日常、月曜日に、戻った。
明日は起きて窓を開けても胸いっぱいに緑の匂いを吸い込めないんだと思うと、猛烈に帰りたくない気持ちが込み上げて寂しい気持ちになった。
長い長いトンネルが何時までも続けと願い、高速のライトを見上げながら、もっとゆっくり流れていけと祈った。
帰りの車の…

メモ

スーパーセンチメンタル 電車3本見送った ひとりになって少し泣きたくなった
人生は選択の連続だけど 私の選択、滅茶苦茶な気がする








浮かんでは消える日々の泡

最近ふと思い出して悲しくなる

時間は動いてるはずなのに、気付いたら戻ってしまいそう

空中ブランコみたい。手を伸ばしたり、掴み損ねたり。手を離されたら落ちて行くし。でも小説の中に生きてる訳じゃないんだから、もっとちゃんとしないと。

卒論発表会に向けて一生懸命にならないと。余計なこと考えるより野田の演劇に衝撃を受けて「こうしてはいられない」と思った気持ちの方が
ずっとずっと大事だ






はやくかえりたい

脳内プッシュソング。全然帰りたくない車の中で流した。




“はやくかえりたいのさ 今日はかろやかな気分なので あしたのことはわからないけど”

毎日旅に出るような気分でいられるのは ちゃんと輪っかの中にいるからなんだ

でももうすぐその輪っかからぽーんとはじかれてしまう 私大丈夫なのかな

引いてもらっていた両手を急にはなされたら よろけて地面に手をついてしまいそう

それでも前に進めればいいか






真空パックに入れたい夜

胃が痛いのも忘れるくらい楽しい夜だった

ガラガラの映画館で半分寝ながら映画観て
ブラックホールみたいな海の横を車で走って
あーでもないこーでもないってとりとめのない話をして
意味もなくコンビニに寄って、好きな音楽沢山流して


この夜が終わらなければいいなって思った
ずーっと夜の道路走り続けて欲しいって思った
色んな人との色んな思い出があちこちの風景に重なって浮かんで来たけど
きっとこれからは、この夜がまず最初に浮かぶんだろうな

普段は話してると時々苛々したりするんだけど、キャラメルポップコーンのカリカリじゃない部分を黙って食べてくれるから許そう

性別も関係性も、あんまり大事じゃない
心が触れているかどうかも図れない
ひとつの消えない時間を共有出来たんだから、それで十分

どうしようもなくひとりぼっちな気がしたらこの夜を思い出したい





山田詠美の短編に出てくるような

山田詠美の短編に出てくるような女の子みたいな気持ち
問いも要らない答えも要らない、だって何も欲しくないから。 夜中の電話で話すことも バスのステップに足をのせる時の気持ちも 泡みたいに消えていけばいい。
時々手を洗ったその水で、少しの濁りに気付くかもしれないけど、始まったら終わるし、そもそも始まってないし。
今はもう、ぷかぷか浮いていればいい。沈まなければ大丈夫。

しおり

素敵なプレゼント。





涙は人に見られてはじめて

一度や二度は転んでみようか 目の前で大きく転ばないと きっと気付いてすらもらえないし
このまま痣にも擦り傷にもならないように たった30分の思い出を大事にして 全部なかったことにするのは あまりにも、明日の、明後日の、いつかの、自分に酷いことをしている気がする
このまま春が来たって 何処へも行けない





zzz

今年は暖冬だからかな、あんまり具合が良くない。
冬は思いっきり寒い方が良い。

心の蓋がゆるくなると 色んな人の気持ちが流れ込んできて、抱えきれずに疲れてしまう

甘いものをいくら食べても心はいっぱいにならない




手紙

電話のすぐあとで手紙が着いた
あなたは電話ではふざけていて
手紙では生真面目だった
〈サバンナに棲む鹿だったらよかったのに〉
唐突に手紙はそう結ばれていた

あくる日の金曜日(気温三十一度C)
地下街の噴水のそばでぼくらは会った
あなたは白いハンドバックをくるくる廻し
ぼくはチャップリンの真似をした

それからふたりでピザを食べた

鹿のことは何ひとつ話さなかった
手紙でしか言えないことがある
そして口をつぐむしかない問いかけも
もし生きつづけようと思ったら
星々と靴ずれのまじりあうこの世で


手紙 / 谷川俊太郎


それはとても綺麗なのに目に見えない
確かに其処に在るのに見えない
言葉にすれば消えてしまって伝えることもできない

触ることも出来ないから
輪郭をなぞることも出来ないから
私は心でいっぱいにそれを抱きしめてみる

それは夜に溶けてしまう
電車に置き忘れてしまう

あるのかないのかも分からないもの













ぜんぶ夢のなか

時々あの部屋が夢に出てくる。

独房かなってくらい狭い部屋。

冷たい壁、高さのあるベッド、水漏れする冷凍庫、窓から見える交差点、服がぎゅうぎゅうに詰まったクローゼット、窓際に並べたシャンプーやボディソープ。お揃いのTシャツ、机の下の段ボール、安い鍋に焦げ付いたフライパン、

長い廊下だって、シャワールームのタイルの冷たさだって、全部思い出せる。聴いていた曲も、観ていた映画も、食べていた物も、嫌になる程覚えてる。


夜中に熱を出して、一人が心細かったこと。大げんかして、飛び出したこと。狭い部屋で、笑い転げたり、泣きわめいたり、歌ったり、眠ったり。

忘れられるわけがないんだ。だけど、忘れられないからって、同じ気持ちを持っているわけじゃない。

思い出は、思い出。

どんなに鮮明に覚えていても、心の中にそのときの気持ちはない


眠れない夜の楽しみ方

1.モコモコの靴下orスリッパを履く。

2.肌触りの良い寝巻きを着る

3.暖かい飲み物を用意する


これは甘酒。
4.好きな映画を観る。
出来ればあまり起伏の激しい物語じゃないのがいい。
「もらとりあむタマ子」最高。
5.脇には読みかけの本を置いておく。


誰かからのLINEにはもう返信しないでおこう。なんか手持ち無沙汰になったら本をパラパラ読めばいい。


そのまま朝を迎えたっていいし、眠くなったら眠ればいい。昼間に同じことするより、罪悪感も何もない。

夜中の自由時間。

「死ぬまでにしたい10のこと」

2016年、最初に観た映画。とても好きでした。







若くして結婚した23歳のアンが突然自分が余命わずかなことを宣告されて、その運命に向き合おうとする物語。アンには二人のまだ幼い可愛い娘と優しい旦那さんがいて、トレーラーで暮らしてる。決して裕福ではないけれど、幸せな家族。

邦題は「死ぬまでにしたい10のこと」 原題は「My life without me」


こっちの方が断然いい。

確かに、死を宣告された主人公は「死ぬまでにしたい10のこと」をノートに書き出すんだけど、それは例えば「毎日娘たちに愛してると言う」とか「髪と爪を変える」とかどれもわりと簡単に実現出来るものばかりで、なかには「娘たちが気に入る新しいママを見つける」とか「夫以外の人に付き合ってみる」とかもあるんだけど、これやらなきゃ死ねない!死ぬまでに達成するぞ!っていう執念じゃなくて、静かに死を受け入れる作業をしているように感じた。



私も主人公と同じ23歳。あと二ヶ月で死ぬって分かったら、運命を呪って、苦しんで、辛くてあがくだろう。
きっと、きっと彼女もそうなんだけど、この物語はそこに焦点を当てるんじゃなくて、むしろ“死”というフィルターを通したときにはじめて彼女が気付いた、世界の美しさや、生きている喜びを切り取っていた気がした。

私がすごくいいな、と思ったのは スーパーマーケットで、急に綺麗な歌をBGMに主人公以外の人々の動作がスローモーションになって、ただレジを打ってる人も、棚の商品に手を伸ばす人も、まるで踊っているように見えるシーン。


“ひんやりとしたスーパーが好き  お客は添加物が入ってないか食品ラベルを念入りに見る でも ため息をついて食品をカゴに入れる 有害だけど 好きだから 誰も死を考えない”

命が有限だということを本当に気付いたアンにだけ見える世界だ。

何より素晴らしいなと思ったのがアン役の女優さんサラ・ポーリーの表情の演技。

ふとみせる死を憂う顔、絶望が浮かんだ瞳、だけど後半のあるシーンで彼女が見せる笑顔は、酷な運命を受け入れた人だけがみせる表情だった。年末に亡くなった私のおばあちゃんも、亡くなる一週間前、別れ際あの笑顔で手を振ってくれた。



アンは「夫以外の人と付き合ってみる」っていう項目も実現するんだけど、一線踏み越えるときのシーンが最高にロマンチックだった。


というか、旦那さんとのシーン…

2016. new

新年あけましたね。 このブログも初めて数年。
今年も特に抱負は書きませんが 新しい気持ちで過ごしています。


紀伊国屋書店で洋書が20%OFFだったので、ルーキーイヤーブックを購入。翻訳版じゃなくてオリジナルで。



読むの時間かかりそうだけど、その分幸せが続く。






今年一年、なるべく優しい気持ちで過ごせますように。
これを読んでいる人たちも優しい気持ちで過ごせますように。