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jazz and night


Frank Shinatraを聴きながら電車に揺られていたら
急に全然馴染みのない街に居る気がして窓の外に目をやると、夜がいつもより深い気がした



この感覚は小さい頃によくあったなあと、ぼうっとしていたら、やっぱり目的地とは反対の電車に乗っていました。

どうりで、馴染みないわけだ。

でもそれとは別に、夜にジャズを聴くとなんだか不思議な気分になるときがある。懐かしくて、同時に少しさみしい気分。

小さい頃、まだ保育園に通っていたとき、ほとんど毎週、金曜日の夜遅くになると家族で車に乗り込んだ。

目的地は、河口湖の別荘。「山の家」と私たちが呼ぶその家は両親が結婚直後に少し無理をして買った家だった。

「昔から別荘を持つのが夢で、テントでもいいから、休日は静かな山の中で過ごしたかったんだ。」父はそう言っていた。

そこはまるで、「大草原の小さな家」の、あの一家が暮らしていそうな家で、二階建ての一軒家。

木材で出来ていて、屋根は緑色。暖炉と煙突もある。

共働きで1週間を忙しく過ごした父と母は、仕事終わりの金曜日になると、まるで逃げるように荷物を車に詰め込んで、寝ぼけ眼の私と姉を車に乗せ、静かな森へと入った。

車に揺られている時間が、私はとても好きだった。

夜中に出かけることはいつだって非日常を感じてワクワクしたし、車の中から見る夜の街は、まるでスクリーンに映し出され映像のようで、それを演出するかのように父が流すマイルスデイビスやビルエバンスの音楽も心地良かった。

びゅんびゅんと流れていく高速のライトを見上げ、長い長いトンネルのオレンジ色の光を抜けると、黒くて背の高い木々がどこまでも道に沿って並んでいた。小さい頃の私は夜の森にはオオカミがいると信じていたので、いつもそこまで来ると怖くなって目を閉じた。

夜中に到着すると、母か父が眠る私を抱えて子供部屋のベッドまで運んだ。私は翌朝、窓から射す木漏れ日で目を覚まして朝がきたことを知る。それがあの頃の週末の過ごし方で、家族の時間だった。

日曜の夜になると、今度は夜の山を下りて、住み慣れた街、日常、月曜日に、戻った。

明日は起きて窓を開けても胸いっぱいに緑の匂いを吸い込めないんだと思うと、猛烈に帰りたくない気持ちが込み上げて寂しい気持ちになった。

長い長いトンネルが何時までも続けと願い、高速のライトを見上げながら、もっとゆっくり流れていけと祈った。

帰りの車の中で流れていたのも、やっぱりジャズだった。

夜にジャズを聴くときの、あの何とも言えない懐かしいような、ワクワクするような、でも少し寂しい気持ちは、きっとあの時間からきているのかもしれない。













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意味

人間はとても勝手な生き物で、何に対しても「意味」を見出してしまう。起こる全てを都合よく正当化してしまうのだ。それは私も例外ではなく、自分の人生に起こること全てには意味があると思っている。なぜなら私は愚かな生き物だからだ。

大学最後の年に出会ったその人は、私に何度もこう言った。

「結末を正当化するのはやめろ。自分の望んだゴールに辿り着かなかったときに、これで良かったんだと正当化する奴は一番愚かだ。そういう人間は絶対に成功出来ない。成功する人間は望むゴールをしっかり見据えて、そこから論理的に逆算している。そうすれば自分が取るべき人生の選択が見えてくる。ゴールから逆算しろ。辿り着いた場所が自分の人生だと思うな。そんな大人になるな。」

22歳の私はまだ本当の社会を知らなくて、おまけに誰が見てもその人に心酔していたから、その言葉を真摯に自分の人生に組み込もうとした。それが仕事や課題ならよかった。締切のある仕事や短期間の目標に対して「逆算」はとても役に立つ。なぜならゴールが明確だから。けれどその人は「人生を死から逆算しろ」と言った。死なんて、いつ訪れるか知る由もないのに。だけどその考えに私は共感したし、その言葉に気付かされたことは多い。

そして卒業してもその考えを強く抱いていた私は、次第に思い描いたゴールと離れていく自分に対して「私は人生に失敗しているのかも」と暗く不安な気持ちを抱き始めた。そんな時、「いやいや、でも今は今で・・」と思いそうになれば、脳の中で「今を正当化するな」という言葉が聞こえてきて、その度、自分に言い訳をして今を正当化しようとする自分を弱くてずるい人間だと思った。私を奮い立たせていた勇気の言葉は、いつしか私を追い詰める呪いに変わっていた。私は自分がその人が蔑む「そっち側」の人間になってしまったのだと落ち込んだ。だからその人に何度「飲みに行こう」と言われても、今の自分に自信が持てずに、適当な理由をつけては断った。

今はどうかというと、もはや描いていた「社会人2年目の自分」がどんなものだったかもあまり覚えていない。この2年間、予想していないことばかりが起こった。気持ちも、世界の見え方も、毎日変わる。最低な1日があれば、最高な1日もあって、浮き沈みの激しい自分に苦しむ日々だ。全然満足いかない現状が、どうしようもなく嫌になったり、なんでもない休日の朝がどうしよう…